ノンテクニカルサマリー

マークアップ率の推計に関する研究

執筆者 西岡 修一郎 (ウェストバージニア大学)/田中 万理 (一橋大学)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

製品価格と限界費用の比率であるマークアップ率は、企業の生産性と価格設定力を反映した指数である。その動向は、投資家と労働者間の経済格差の動向、企業利益や法人税の動向、企業の参入や撤退を考える上で、今後、重要な経済指標になると考えられる。現在、マークアップ率の推計は、De Loecker and Warzynski(2012)の生産アプローチが主流となっている。しかし、生産関数の推計には、詳細な製品別の生産・投入データが必要なことや、生産関数の推計方法によって、マークアップ値の推計値が大きく異なるため、代替的かつ正確なマークアップ率を推計する方法が求められている。

本稿では、マクロ経済分析に使われているHall and Jorgenson(1967)の手法を用いて資本コストを推計し、売上高と総コストの比率からマークアップを推計するコストアプローチを提唱する。マクロ経済学と首尾一貫した理論に基づき同手法で企業別のマークアップ率を推計する初の試みとなる。また、Diewert and Fox(2008)の理論を簡略化し、理論的な制約を最小限に抑えただけでなく、詳細な製品別の生産・投入データがなくても、マークアップ率を推計する方法を提案する。

コストアップローチから推計したマークアップ率の実証的な妥当性を確かめるために、工業統計調査の工場別及び製品別のパネルデータ(1986~2010年)を使用し、生産アプローチとコストアップローチから推計したマークアップ率を比較した。具体的には、どちらの推計方法がより正確に市場における独占的な立場、生産性や生産コストを反映しているのかを実証的に検証した。

理論的にはマークアップ値は1より大きい値である。1に近ければ市場が完全競争に近い状態にあり、企業利益はゼロに近くなる。1より大きいほど、市場競争が限定され、企業利益が大きくなると考える。製品の独自性が向上したり、生産性の上昇などにより限界費用が低減されれば、マークアップ値は1より大きい値になると考える。図1のように、生産アプローチからマークアップ率を推計すると、統計的な期待値と分散が大きくなる。これは、想定した生産関数に上手く説明できない企業や工場が比較的多いために、マークアップ率の分散が大きくなってしまうためである。一方、コストアプローチを用いて売上高と総コストの比率からマークアップ率を推計すると、分散が小さく理論的に想定される分布の期待値に標本が収まることが分かった。また、売上高と総コストの比率からマークアップ率を推計した方が、より正確に市場における独占的な立場、生産性や生産コストと統計的に相関していることも分かった。

図1:De Loecker and Warzynski(2012)の手法によるマークアップ率(1998年)
図1:De Loecker and Warzynski(2012)の手法によるマークアップ率(1998年)
(注)縦軸は確率密度、横軸にはマークアップの推計値を使った。
図2:Diewert and Fox(2008)の手法によるマークアップ率(1998年)
図2:Diewert and Fox(2008)の手法によるマークアップ率(1998年)
(注)縦軸は確率密度、横軸にはマークアップの推計値を使った。
参考文献
  • De Loecker, J., and F. Warzynski, "Markups and Firm-Level Export Status," American Economic Review, 102(6), 2437-2471, 2012.
  • Diewert, W.E., and K.J. Fox, "On the Estimation of Returns to Scale, Technical Progress and Monopolistic Markups," Journal of Econometrics, 145, 174-193, 2008.
  • Hall, R.E., and D.W. Jorgenson, "Tax Policy and Investment Behavior," American Economic Review, 57(3), 391-414, 1967.