ノンテクニカルサマリー

起業活動とエンジェル投資との関係:国際比較の視点から

執筆者 本庄 裕司 (ファカルティフェロー)/中村 寛樹 (中央大学)
研究プロジェクト ハイテクスタートアップの創造と成長
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「ハイテクスタートアップの創造と成長」プロジェクト

近年、起業を中心としたアントレプレナーシップに対する関心が高まっている。特に、当該地域で多様なプレイヤーや要素の相互作用を通じて革新的なスタートアップ企業や起業家(アントレプレナー)の育成をめざす「アントレプレヌール・エコシステム」(entrepreneurial ecosystem) に対する期待は大きい。新たにビジネスをはじめる起業家の多くが、資金調達の問題に直面している状況に鑑みると、アントレプレヌール・エコシステムにおいて潜在的な起業家と資金を提供する人との関係、とりわけ「エンジェル投資家」と呼ばれる、新たなビジネスに資金を提供する投資家との関係が重要といえる。起業活動を経験した人は、起業についての専門的知識を有し、また、経済におけるアントレプレナーシップの重要性の認識や理解が高いと考えれば、次世代の起業家に資金を提供するエンジェル投資家の役割を大いに期待できる。こうした起業活動とエンジェル投資との関係は、効果的なアントレプレヌール・エコシステムの構築に重要といえる。しかし、これまでの間、国や地域における起業活動とエンジェル投資との関係が十分に明らかにされたとはいいがたい。起業活動とエンジェル投資との関係を明らかにすることは、その国や地域におけるアントレプレヌール・エコシステムの発展に新たな視点や知見を与えると考えている。

本稿は、起業活動とエンジェル投資との関係、具体的には、アントレプレナーシップの国際比較を行うGEM (Global Entrepreneurship Monitor) が提供するAPS (Adult Population Survey) のデータ(2001−2013年)を用いて、どのような個人属性をもつ人が実際に新しいビジネスに投資しているかを明らかにする。日本を含むOECD30ヶ国を対象に、オッズ比 (odds ratio) を推定して起業活動とエンジェル投資との関係を求める(以下、「起業活動・エンジェル投資オッズ比」と呼ぶ)。起業活動・エンジェル投資オッズ比は、起業活動にかかわる人とそうでない人のエンジェル投資の比率の割合をあらわし、これが高いと起業活動にかかわる人が相対的にエンジェル投資を行いやすいことになる。本稿で新たに提案する起業活動・エンジェル投資オッズ比は、国や地域のアントレプレヌール・エコシステムの程度をあらわす1つの指標になり得ると考えている。これを国別に推定することで、それぞれの国の特徴、特に、他国との比較を通じて日本のアントレプレナーシップの特徴を明らかにしていく。

起業活動やエンジェル投資の状況は、国によって異なる。サンプルとして用いたOECD30ヶ国のうち、日本でエンジェル投資を行う人の割合はもっとも低く、また、新しくビジネスをはじめる人の割合をあらわす起業率の割合も低い。日本でアントレプレヌール・エコシステムを推進していくために、起業活動とエンジェル投資の双方を高める余地が残る。推定結果から、起業活動とエンジェル投資との間に全体的に正で有意な関係がみられており、起業活動の経験を有する人ほどエンジェル投資を行いやすい傾向がみられている。その一方で、日本における起業活動・エンジェル投資オッズ比はもっとも高く、他国と比較してその値は有意に高い。こうした関係もまた日本の特徴といえる。

OECD30ヶ国のそれぞれの特徴を明らかにするために、横軸に個人属性を制御して推定した起業活動・エンジェル投資オッズ比、縦軸に起業率を図1に示す。図1に示すとおり、日本では、相対的に起業活動とエンジェル投資との強い関係がみられているが起業率は低い。逆にいえば、日本では、起業率が低いにもかかわらず、起業活動とエンジェル投資との関係が強い。これは、限定されたプレイヤーによるネットワークでの起業と投資のサイクルを示唆している。

図1:起業活動・エンジェル投資オッズ比と起業率
図1:起業活動・エンジェル投資オッズ比と起業率
出所:GEMの提供するAPS、OECDの提供する1人あたりGDPをもとに筆者作成。 doi: 10.1787/dc2f7aec-en [Accessed on March 12, 2019]
注:起業活動・エンジェル投資オッズ比はロジットモデルを用いて推定。マーカーの色は、その国の2014年1人あたりGDP。

このことは、同時に、日本では起業活動に何らかかわりをもたない人たちが相対的に多いことをあらわしているかもしれない。こうした状況は、APSでの調査項目の1つである起業態度指数のうち起業ネットワークが日本で低いこと、また、「中小企業白書2017年版」で指摘している、多くの「起業無関心者」の存在と一貫した傾向といえる。さらに、同書で、日本のスタートアップ企業の廃業率は他国と比較すると低いことを示しており、狭いネットワークによるアントレプレヌール・エコシステムが形成されている可能性もあり得る。ただし、起業活動・エンジェル投資オッズ比が高いことから、日本では、いったん起業率を高められればエンジェル投資を通じた相乗効果を誘発しやすい。

では、どのような要因が日本における限定されたプレイヤーによるネットワークでの起業と投資のサイクルにつながっているのだろうか。1つの理由として、日本において銀行預金およびデットファイナンスを通じての資金循環に著しく偏っている点があげられる。このことは、一部を除いて多くの人が自身や他人の起業、また、他人の起業への投資に関心をもたない遠因となり、全体的なリスクキャピタルの不足や新たなアントレプレナーの登場の妨げにつながる。最後に、起業活動・エンジェル投資オッズ比が実際にイノベーションや雇用創出といった経済効果に影響を与えるかについて、残念ながら、本稿で検証していない。この点は今後の研究を通じて明らかにしていきたい。