ノンテクニカルサマリー

ビッグデータの活用・共有と企業間ネットワーク、企業パフォーマンス

執筆者 金 榮愨 (専修大学)/元橋 一之 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト IoTの進展とイノベーションエコシステムに関する実証研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「IoTの進展とイノベーションエコシステムに関する実証研究」プロジェクト

本研究は、(1)どのような企業がビッグデータを活用し、他の企業と共有しているか(ビックデータの活用と共有の決定要因)、(2)ビッグデータの活用と共有は企業のパフォーマンスにどのような影響を与えるかを検証している。本研究の特徴は企業パフォーマンスに加え、企業を取り巻く企業間ネットワークを考慮に入れているところである。製品の設計から生産、流通、アフターサービスなどの過程で生まれるビックデータは、企業内で活用することによって当該企業に経済的な価値をもたらすが、他社と共有されることによって更なる付加価値を生み出すことが期待されている。しかし、企業のおかれた状況によってはデータが全く共有されない場合もあり、本研究ではこのようなビックデータが活用され共有されるようになる要因と、それが企業パフォーマンスに与える影響を分析している。

経済産業研究所は2015年、製造業企業を対象に「モノづくりにおけるビッグデータ活用とイノベーションに関する実態調査」(以下「ビッグデータサーベイ」)を実施した。本研究ではビッグデータサーベイデータを東京商工リサーチの企業財務データや企業間取引データなどと接続することによって、個別企業のパフォーマンスや特徴だけでなく、資本関係や取引関係によって形成される企業間ネットワークの構造も把握している。

ビックデータサーベイによれば、社内の開発部門、生産部門、サービス部門のうち、ビッグデータが最も利用される部門は生産部門である。マッチングされたデータセットを用いてビッグデータの利活用における企業間取引ネットワークの影響を見ると、サプライヤーが増えるほど、全体的にビッグデータを利活用する傾向(確率)が高まる。しかし、どれほど密にビッグデータが利活用されるかに関しては部門ごとに異なる反応が観察される。開発部門ではサプライヤーが多いほどビッグデータの利活用の程度が高まるのに対し、生産部門のビッグデータの利活用はサプライヤーが多いほど低下する。サービス部門にはサプライヤーの数による有意な差がなかった。

ビックデータサーベイによれば、ビッグデータをサプライヤーと共有している企業が約34%、顧客と共有している企業が約40%、サプライヤーや顧客以外の企業と共有している企業が約11%である。企業の特徴やネットワーク変数などを入れた重回帰分析の結果によれば、一般的にサプライヤーが増えるほどデータの共有可能性は高まるが、長期的な取引関係にあるサプライヤーが多い場合はデータ共有の可能性が低下する傾向がある。

顧客数に関しては、サプライヤー数と異なり、顧客数が多いときは顧客とビックデータを共有する確率が低下する。一方、顧客の中に長期的な取引関係にある顧客企業の割合が増えるとデータ共有の確率は高まる。

表:企業間取引構造とビッグデータ共有
表:企業間取引構造とビッグデータ共有
注:Probit推計。限界効果と頑健標準偏差。* p<0.05, ** p<0.01, *** p<0.001。

サプライヤーや顧客以外の第三者企業とのデータの共有に関しては、サプライヤーや顧客企業の数が有意な意味を持たず、サプライヤーや顧客とのデータの共有と異なる特徴を示す。第三者企業とのデータ共有の確率に有意な影響を与えるものは当該企業のサプライヤーがどれほどの顧客を持っているか、当該企業の顧客がどれほどのサプライヤーを持っているかであり、どちらも増えるほど、第三者企業とのデータ共有の確率は低下する。企業のおかれているネットワークの構造が当該企業のデータ共有に有意な影響を与えることが確認される。

ビッグデータの共有と企業のパフォーマンスの関係をみると、ビッグデータを共有している企業は企業の生産性(従業員1人当たり売上)の面で、そうでない企業に比べて約10%高いことが確認される。しかし、企業がビッグデータを他社と共有することで、新しいサプライヤーや顧客を開拓するようになる効果は確認されない。

ビックデータの共有は当該企業だけでなく、他社や消費者など、社会に大きな経済的価値をもたらすことが期待されている。しかし、企業のおかれているネットワークの特徴によっては価値のあるデータも活用されない可能性がある。特に直接取引関係を持たない企業とデータを共有することでデータの活用の範囲が広がることが期待される場合も、密度の高いネットワークにある企業はデータの共有を拒否する可能性が高い。このような状況を避けるためにも、直接の取引関係だけでなく、それを超えるデータの共有に関する制度とルール作りが重要である。