ノンテクニカルサマリー

経済危機と生産性分布のダイナミックスに関する実証分析―Quantile Approachを用いて―

執筆者 安達 有祐 (名古屋大学)/小川 光 (東京大学)/津布久 将史 (大東文化大学)
研究プロジェクト 地域経済と地域連携の核としての地域金融機関の役割
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「地域経済と地域連携の核としての地域金融機関の役割」プロジェクト

研究内容

本研究では、生産性の変化を捉えるための新しい手法を提案している。提案に際して着目するのが、2008年の世界金融危機前後の生産性の変化である。危機前後の生産性の(加重)平均値を比べる従来の方法を適用した場合、世界金融危機は日本の製造業に対して意外なほど小さな影響しか与えていない(生産性の変化率は、加重平均でわずか0.2%、単純平均で5%のマイナス)。本研究で行っていることの1つは、Quantile approachと呼ばれる新たな方法によって、この危機の影響を捉え直すことである。

研究内容

Quantile approachは、都市部と地方部の生産性の違いを、生産性の平均ではなく、その分布を比較することで説明しようとするCombes et al. (2012)によって開発された手法である(注1)。本研究は、危機の前後における生産性分布の変化を捉えるために、この新たな手法を応用するものである。

図1:分布の変化の3類型
図1:分布の変化の3類型

この手法のもとでは、危機前後の生産性分布の変化を図1のように3つの効果に分解することができる。点線を危機前の生産性の分布、実線を危機発生後の生産性の分布とすると、図1(a)は、もとの生産性水準に関わらず、危機後にすべての企業で生産性が低下した状態を表している。左端で分布が断絶している部分は、実際に市場で活動している企業のうち、生産性が最も低い企業の生産性水準を表している。それよりも生産性が低い企業は、他企業との競争に耐えきれずに市場から退出しているため、データ上で観測されることがない。図1(b)は、危機後に、市場で活動するために最低限必要な生産性の水準が高くなった結果、生産性の低い企業が市場から消失した一方で、それ以外の企業の生産性に変化はない状況を捉えている。図1(c)は、危機によって分布が縮む変化を捉えており、生産性の高い企業ほど相対的に大きく生産性が低下したことを意味する。

本研究では、1986年から2010年を分析期間として、工業統計表の個票データを用いて全要素生産性を推定し、先述の2008年世界金融危機を含めて、この期間に起きたいくつかの危機の際に、上記のように3つに分解された効果が検出されるかどうかを統計的に明らかにしている。

結果と政策含意

表1には、推定結果の一部が示されているが、このようにして得られた結論のいくつかを示すと以下のようになる。

第1に、1998年の金融システム危機と2008年の世界金融危機は、製造業の生産性分布を左にシフトさせた。特に、後者の影響は大きく、分布全体を左方向に22%以上シフトさせた。これに加えて世界金融危機の際には分布幅の拡大も観察されており、危機のマイナスの影響は生産性の低い事業所ほど大きかった。逆に、生産性の高い企業は危機の影響を回避した、もしくは、生産性が上昇した可能性があり、このことが平均でみた場合に危機の影響が小さく出る原因であることを特定した。

第2に、1986年から2010年の間には、市場で活動するために最低限必要な生産性水準が上昇するという現象は観察されなかった。これは、歴史的にまれにみる規模であった2008年の金融危機の時でさえ、とりわけ生産性の低い事業所が市場から淘汰されたということはなかったことを意味する。その理由は生産性の低い事業所が金融危機の影響を受けなかったわけではなく、2008年以降に実施された緊急保証制度等が、市場からの撤退を抑制する効果を果たした為であると考えられる。

表1:生産性分布の変化
表1:生産性分布の変化
(注)Shiftの係数が正の値(負の値)である場合には分布は右(左)にシフトしたことを表し、Dilationの係数が1以上(1未満)である場合には分布の幅は広がる(縮まる)変化が生じていたことを表す。また、Truncationの係数が正の値(負の値)である場合には、市場で活動するために必要な生産性の下限が上昇(低下)したことを表す。

第3に、平時においては生産性分布が右方向にシフトするが、生産性の低い事業所ほど生産性改善の程度が大きく、生産性分布の幅は縮小する。一方で、危機に際しては、生産性分布は左方向にシフトすると同時に、生産性の低い企業で危機の影響が大きく、分布の幅は拡大する。本研究では、図2に示されるように、これらを繰り返しながら、日本の生産性が変化してきたことを明らかにした。

図2:生産性の変化
図2:生産性の変化
(注)プロットされた印は、各年のShiftとDilationの係数(有意:●、有意ではない:×)を示す。

本研究では追加的な分析として、事業所が立地する市区町村を人口規模で分類し、生産性分布の変化を都市と地方で比較している。そこから、危機の影響は都市部で出やすいこと、時間を通じて生産性格差は縮小していることなどが明らかになっており、危機の影響を極力回避することが生産性の持続的な向上と企業間の生産性格差の縮小に寄与する可能性を示している。

脚注
  1. ^ Combes, P., Duranton, G., Gobillon, L., Puga, D., and Roux, S. (2012), The productivity advantages of large cities: Distinguishing agglomeration from firm selection, Econometrica, 80, 2543-2594.