執筆者 | 後藤 励 (慶應義塾大学)/加藤 弘陸 (慶應義塾大学) |
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研究プロジェクト | 医療・教育サービス産業の資源配分の改善と生産性向上に関する分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「医療・教育サービス産業の資源配分の改善と生産性向上に関する分析」プロジェクト
世界各国で医療機関の競争は何らかの形で規制されている。日本でも、病床規制や株式会社立病院の新規参入などの規制がある。一方で、検査機器や手術機器など個々の医療機関の設備投資に関して日本では規制がなく、機器の導入は各医療機関の意思決定に任されている。こちらは必ずしも世界では一般的ではない。例えば、日本同様民間病院が多いアメリカでは、医療費抑制の手段として導入されたCON(Certificate of Need)規制により、MRIの導入に際し地域の必要患者数などから本当に設置が必要かどうかの審査が義務づけられている州もある。また、機器の導入は自由でも公的医療制度下でのMRI利用を規制している国もある。例えばオーストラリアでは、医療施設は公的医療制度下でMRI撮影の償還を受けるために政府に対し免許を申請する必要がある。
また、現在日本では医療費の地域差に注目が集まっている。都道府県ごとの年齢調整後の1人あたり医療を見ると、西高東低の傾向があることが知られているが、これは都道府県ごとの人口あたり病床数と相関がある。同様に、MRI撮影数や人工透析といった比較的高額な診療の請求についても地域差があり、競争により医療費が下がるというよりはむしろ、高額な技術の導入を通して医療費を上げる可能性が指摘されている。しかしながら、現状日本での医療における競争の与える影響はほとんどなく、競争の促進、規制についてどのような政策効果があるかどうかについてエビデンスが不足している。
本稿では、医療費の増加要因とされる医療技術の普及の地域差を医療機関の競争度との関連に注目して分析した。注目した医療技術は海外に比べ日本では技術を導入している医療機関が多い画像診断技術である。画像診断は、画像撮影、読影による診断が一連となった技術であるため、本稿では高性能なCT、MRIの導入、画像を見て診断を行う放射線科医の存在を「総合的な画像診断技術指標」として定義した。この指標が高いほど、全国的にそれほど普及していない技術を導入していることになる。病院ごとに周囲の病院の間での外来患者数のシェアの逆数を競争指標とした。
用いたデータは2011年の医療施設調査(静態)である。精神病床のみの病院などは一般病床とは別のマーケットと考え、一般病床を持っている5,873病院を対象にした。競争に対する反応は民間病院であるかどうかにより差がある可能性があるため、開設者が医療法人、私立学校法人、社会福祉法人、会社、個人となっている病院を民間病院として、非民間病院との違いについても分析を行った。
競争度が個々の医療機関の医療技術導入に与える影響を分析する際には、競争度が医療機関にとって外生的に決まってなければ推定値にはバイアスが生じる。今の場合、例えば患者が個々の病院の医療技術のレベルを気にして病院を選択しているのであれば、競争度と医療技術導入の間には関連があり内生性によるバイアスが生じる。内生性に対する対処の1つとして、競争度とは関連するが、医療技術導入とは関連しない第三の変数を用いて推定を行う操作変数法を用いた。本稿では、2つの操作変数を用いた。1つ目は各県議会における公明党、日本共産党、社会民主党の議席割合である。これらの政党は社会福祉を重視する政党であり、県レベルの医療政策に影響を与えル可能性があるが、個々の医療機関の技術導入行動には影響を与えにくいだろう。もう1つは、市区町村別人口あたりの介護老人福祉施設の定員数である。これも病院の競争度とは関連すると考えられるが、直接病院の技術導入の有無に影響するとは考えにくい。
操作変数法を用いた推定を行った結果、下図のように、全体では競争度が高いほど画像診断導入が進むことが分かった。競争度との関連は民間病院では有意であったが、非民間病院では有意ではなかった。総合指標でなく個々の技術で見ると、競争度が上がると有意に導入が増加するのは高性能CTと放射線科医がいることのみであった。逆に低機能のCTは競争が激しいほど技術導入が進まない(おそらく高機能に置きかえている)ことが分かった。
総合的画像診断技術の導入 | |||
全病院 | 民間病院 | 非民間病院 | |
競争度 | 正に有意 (技術導入が進む) |
正に有意 (技術導入が進む) |
非有意 |
個々の画像診断技術の導入 | |||
CT | MRI | 放射線科医 | |
競争度 | 高機能:正に有意 (技術導入が進む) 低機能:負に有意 (技術導入が進まない) |
高機能:非有意 低機能:非有意 |
正に有意 (技術導入が進む) |
本稿では、日本では世界的に見ても普及が進んでいる画像診断技術について医療機関の競争度が技術導入に与える影響を分析した。医療技術導入が社会に取って価値があるかどうかはその医療技術の導入によって健康アウトカムが改善したかどうかによる。そのため本稿の政策的な含意は、今回分析対象となった高度な画像診断技術が健康アウトカムを改善するかどうかによって異なる。しかし、残念ながら本研究で用いたデータに健康アウトカムに関するものは含まれていない。したがって、もしこれらの技術が健康アウトカムを改善しないのであれば、競争による過剰な技術導入(MAR: medical arms raceといわれる)を示唆する。逆に健康アウトカムを改善するのであれば、競争によって医療の質が改善する可能性がある。今後は競争度の与える影響について、画像診断技術以外について、また健康アウトカムへの影響についても考慮したエビデンス構築が求められる。