ノンテクニカルサマリー

弱いルピア:追い風に乗りつつ浅瀬を避けるには

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「East Asian Production Networks, Trade, Exchange Rates, and Global Imbalances」プロジェクト

2011年7月から2019年1月にかけて、インドネシアルピアは50パーセント下落した。米国の金利急上昇と世界的混乱がプル要因、インドネシアの経常赤字と安定しないファンダメンタルズがプッシュ要因として作用した結果、資本流出と通貨安が生じた。 Blanchard et al.(2015)は、新興市場からの 資本流出が金融仲介コストを増大させ、総生産が減少する可能性を示している。また、結果として生じた為替レートの下落が純輸出と総生産を増加させる可能性も示している。

本稿では、ルピアの動きが銀行部門およびインドネシア経済にどのような影響を及ぼすかを検討する。まず、ルピア/ドル為替レートが産業および集計レベルの株式収益率に及ぼす影響について検討する。経済理論によれば、株価とは将来の純キャッシュフローの期待値の割引現在価値である。すなわち株価は将来の経済活動についてなんらかの情報を提供するものと考えられる。結果は、株価が総じてルピア安の影響を被ることを示している。通貨が1パーセント減価すると総株式収益率は約1パーセント低下している。個々の産業に注目すると、62業種のうち通貨安の影響を受けるのは5業種にすぎない。この5業種のうち3業種が銀行部門である。これらの結果は、ルピアの軟化が銀行の収益力を低下させることを示している。

アジア金融危機の時期と異なり、インドネシアの銀行は現在、高収益を享受しており、十分な流動性を保有し、自己資本比率は23パーセントを超えている。しかしながら銀行融資の71パーセントは企業向けであり、企業債務の45パーセントは外貨建てである。このため銀行は企業融資を通じて為替レート下落の影響を被り、企業は直接的に通貨安の影響を被る。インドネシア政府は、銀行が外国為替の異常事態に30日を超えて対応できるよう銀行に対し十分な流動性を備えた外貨資産の保有を求める、企業への外国為替規制を全企業の外貨建て債務に拡大するなど、堅実なリスク管理政策を推進すべきであろう。

ルピアの下落はBlanchard et al.(2015)が強調したように輸出の刺激というルピアの下落を相殺する利益を本当にもたらすのだろうか? 本稿では時系列分析とパネルデータ分析の両方を用いて、この問題について検討する。どちらのアプローチも、為替レートの下落がインドネシアの輸出増につながらないことを示している。理由の1つとして、インドネシアの輸出の半分を食品、農産物、鉱物、エネルギー、およびその他の一次産品が占めていることが挙げられる。これらは往々にして米ドル建てで取引される。ルピアの減価は米ドルの増価と関連している。ドルが上昇する局面では、輸入国の通貨で見た場合の一次産品の価格は上昇し、輸入量は減少する。これにより、通貨安によって製品が獲得する価格競争力の優位性は相殺される。

インドネシアの主要輸出3品目は植物油、石炭、原油である。図1が示すように、これらの輸出額は2008年の世界金融危機以前には一次産品価格の上昇とともに増加していたが、2012年以降は一次産品価格の下落とともに急減している。一次産品の輸出に依存していると、インドネシアは国際商品価格の変動の影響を被ることになる。このような価格ショックによる衝撃を多様化によってどのように軽減できるかを検討するため、本稿では個々の商品についてインドネシアの輸出総額と国際価格の相関関係を分析した。その結果、インドネシアの輸出額と鉄、鉄鋼、アルミニウム、天然ガス、紙、銅、ゴムといった一次産品の輸出価格の間には、正の相関関係が広く認められた。またインドネシアの輸出価格とコンピュータ、コンピュータ部品、携帯電話、集積回路、テレビ、カメラといったエレクトロニクス製品の価格、および繊維、衣料、玩具、履物といった労働集約型製品の価格の間には、負の相関関係が認められた。インドネシアは工業製品の輸出を増やすことにより貿易ショックの負の影響を軽減できるであろう。

本稿では、インドネシアがどうすれば工業製品輸出を増やせるかも検討する。インドネシアに対しては、マレーシア、タイ、ベトナムの例に倣い、効率的な輸出プラットフォームを求めている多国籍企業(MNC)から海外直接投資(FDI)を誘引することを推奨する。インドネシアは電力供給の改善、腐敗対策、負担の大きい退職金要件の軽減、輸入によるインプットのコスト増につながる保護主義の抑止、人的資本への投資、起業家支援等を通じて、FDIを促進できるだろう。MNCが中国一辺倒からの多様化を模索する現在は、こうした戦略に集中的に取り組む絶好の機会である。

図1:インドネシアの主要輸出3品目の輸出額
図1:インドネシアの主要輸出3品目の輸出額
出典:CEPII-CHELEMデータベース
注記:これらの輸出品目の国際標準産業分類コードは、植物油が1514、石炭が1010、原油が1110である。
参考文献
  • Blanchard, Olivier, Jonathan D. Ostry, Atish R. Ghosh, and Marcos Chamon. 2015. ‘Are Capital Inflows Expansionary or Contractionary? Theory, Policy Implications, and Some Evidence’. NBER Working Papers 21619, National Bureau of Economic Research, Cambridge, MA.