ノンテクニカルサマリー

原油価格と米国経済:株式市場からのエビデンス

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「East Asian Production Networks, Trade, Exchange Rates, and Global Imbalances」プロジェクト

ウェスト・テキサス・インターミディエイト(WTI)原油スポット価格は、1998年末の11ドルから2008年6月には140ドルに上昇した。その後、世界金融危機の深刻化に伴い2009年1月には42ドルまで下がった。さらに、2011年4月までに113ドルに回復した後、2016年2月に再び33ドルに下落し、2018年5月に80ドル超に上昇したが、2018年末には50ドルを切るまでに下がった。原油価格は米国経済にどのように影響するのか。世界金融危機後に米国の石油生産が急増したことにより、これらの影響は変化したのだろうか(図参照)。

オイルショックは、米国や日本などの石油輸入国においてGDPの減少をもたらすはずだと論ずる人は多い。供給サイドにおいて石油は生産要素であり、石油供給の外生的な減少は生産性の低下をもたらす。エネルギーコストの増加もまた、資本形成および長期的な供給力の減少を引き起こす可能性がある。需要サイドにおいては、石油需要の価格弾力性は低く、価格上昇を原因に石油支出が大幅に減少することはない。原油価格の上昇は、消費者および企業に対する課税として機能する。原油価格の上昇に伴い、消費者および企業は、他の財・サービスへの支出を減らすだろう。エネルギー・セクターにおいては、石油生産企業は、価格上昇の恩恵を得るだろう。

IMF(2014)は、G20の経済モデルを用いて、世界金融危機以降の原油価格の上昇は石油輸入国のマクロ経済に負の影響を持つだろうと報告した。同報告は、原油価格の20%上昇が、先進国においてインフレ率の0.5〜0.8%ポイント上昇、GDPの0.4〜1.9%減少、総株価の3〜8%下落を招くと予測していた。

本稿では、原油価格が株価にどのように影響するかについて検討する。これを検討するにあたって1つ問題となるのは、原油価格が経済に影響を及ぼし得るだけでなく、世界経済の低調が原油価格を押し下げ得る点である。経済用語で言えば、原油価格は内生的である。本稿は3通りの識別戦略を用いて、原油価格の変動を世界の需要ファクターにより引き起こされる変動と石油供給ファクターによって引き起こされる変動に分解する。

3通りのすべての手法を用いた結果、需要および供給要因によって引き起こされた原油価格の上昇は、世界金融危機以前およびそれ以降の両方において石油・ガス生産および流通などのエネルギー・セクターの株式収益率の上昇をもたらし、ホテル、航空会社、レストラン、バーおよび小売店など消費者関連セクターの株式収益率の低下をもたらしたことが示唆された。しかし世界金融危機以降においては、原油価格上昇による消費者関連セクターの株価への悪影響は緩和された模様である。

世界金融危機以前においては、その他多くの株式および株式市場全体が原油価格の上昇で悪影響を受けた。しかしながら危機以降、原油価格の上昇で悪影響を受けた株式はほとんどなく、全体では利益さえ得た。とりわけ供給主導の原油価格上昇は、産業機械、インダストリアル・エンジニアリング、化学、海上輸送を含むセクターにおいて、世界金融危機以前は米国の株式収益率の低下を招いたが、危機以降はこれらのセクターで上昇をもたらした。概して、これらの分析結果は、世界金融危機以降において原油価格の上昇は米国のマクロ経済に悪影響を及ぼし、米国の株価下落をもたらすだろうとするIMF(2014)の予測と相反するものである。

Melek(2018)の研究結果は、原油価格の上昇は世界金融危機以降においては産業機械に有利に働き、危機以前はそうではなかった理由を説明し得るものであった。Melekは、米国のシェール革命以降においては石油生産企業による投資の増大は石油生産企業以外の企業の投資増大をもたらしたが、シェール革命以前においてはそうではなかったと説明している。

Black (1987, 113ページ)は、「株式のセクター別動向は、生産、利益または投資におけるセクター別変動を予測する上で有用である。あるセクターで株価が上昇すると、たいていそのセクターにおいては売上、収益および設備向け支出の増加がみられる」と指摘している。将来の研究では、原油価格の変動が、世界金融危機以前および以降において、セクター別生産、利益および投資にどのような影響を及ぼしたかを分析すべきである。また、世界金融危機以降において、原油価格の下落により得られた一時的利益に対する消費者の限界支出性向が減少したかどうかについても分析する必要がある。最後に、石油生産企業による投資の増加が、シェールブーム以降において石油生産企業以外の企業の投資増大を引き起こしているメカニズムについて分析すべきである(Melek, 2018参照)。

図:米国の原油生産(縦軸は石油生産の対数)
図:米国の原油生産(縦軸は石油生産の対数)
出典:U.S. Energy Information Agency.
参考文献
  • Black, F. 1987. Business Cycles and Equilibrium. Basil Blackwell, New York.
  • IMF. 2014. World Economic Outlook. Legacies, Clouds, Uncertainties. International Monetary Fund, Washington.
  • Melek, N.C., 2018. The response of U.S. investment to oil price shocks: Does the shale boom matter? Economic Review, Federal Reserve Bank of Kansas City forthcoming.