ノンテクニカルサマリー

標準必須特許を巡る法的問題―国際動向と日本の対応の考察

執筆者 鈴木 將文 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 標準化と知財化―戦略と政策
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

法と経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「標準化と知財化―戦略と政策」プロジェクト

本稿は、標準必須特許(いわゆるFRAND宣言の付されたもの、すなわち特許権者が公平、合理的かつ非差別的な(FRAND; Fair, Reasonable and Non-Discriminatory)条件で標準必須特許をライセンスする旨を標準設定機関に対して約束したものを対象とする。)を巡る法的問題について、世界主要国(わが国のほか、欧州、米国および中国)における法的紛争や政策的対応を紹介するとともに、それらの分析を踏まえわが国としての対応について考察するものである。主要国の動向としては、特に、近年のドイツ、米国および中国における裁判例、並びにわが国、米国、EUなどの競争政策その他の政策的措置を採り挙げた。それらを踏まえ、標準必須特許の権利行使を制約する法的原理の比較や個別論点((i) 特許権者と標準実施者の間の交渉の在り方、(ii) FRAND条件を充たす実施料の計算方法、(iii) 紛争解決手続の在り方、(iv) 標準必須特許権の移転の扱い)について検討した。特に標準必須特許の権利行使を制約する法的原理について重点的に分析を行い、国際的には、契約法アプローチと競争法アプローチの2つの考え方がみられることを指摘した上で、両アプローチの差異につき分析を行った。

契約法アプローチと競争法アプローチの2つのアプローチは、必ずしも相互に排斥的とはいえない。すなわち、契約法アプローチを採る国においても、標準必須特許権の権利行使は競争法違反となり得るのであり(ただし、競争法違反の判断基準は国によって異なり得る。)、競争法違反を理由として権利行使を否定することは、少なくとも考え方としては否定されない 。他方、競争法アプローチを採用している国の代表といえるドイツについて見ると、同国の裁判所は、これまでFRAND宣言に基づいて第三者のためにする契約の成立を否定しているが、(わが国の知財高裁が採用したような)FRAND宣言をもって一定の法的義務を認める考え方が一切否定されるとも思われず 、契約法アプローチを採用できる可能性もあると思われる。しかし、2つのアプローチの間には、以下のような違いを指摘できる。すなわち、①要件、②FRAND条件の解釈、③損害賠償請求の扱い、④紛争解決手続きとの関係(外国裁判所による審理の可能性)、⑤EUの事情(競争法アプローチは、EUおよびその加盟国にとっては、統一的な判断基準を採用できるという利点がある。)の諸点である。

わが国の対応については、以下の理由から、基本的に契約法アプローチを採用することが望ましいと考える。第一に、上述のように、競争法アプローチには、競争法という枠組みを持ち出すことに伴う要件の複雑化や紛争解決上の制約の可能性といった問題がある。わが国としては、標準必須特許の問題につき契約法アプローチで対応可能であるのに対し、あえて競争法アプローチを採る利点は特段ないと思われる。第二に、わが国の特許権侵害訴訟において、特許権の権利行使が独占禁止法に反する旨の主張は、結局権利濫用の抗弁を根拠づける事情の1つとしての位置づけを持つに過ぎない。その意味でも、契約法アプローチによる主張によって権利濫用を根拠づけることができる以上、あえて独占禁止法違反を持ち出す必要性に乏しい。

なお、上記は、あくまで標準必須特許権の行使を目的とする訴訟における対応についての評価である。標準必須特許権の行使に関し、わが国の独占禁止法を適用すること自体については、特段消極的になる必要はなく、適用に係る判断基準の一層の明確化が望まれる。