ノンテクニカルサマリー

中小企業における生産性動学:中小企業信用リスク情報データベース(CRD)による実証分析

執筆者 池内 健太 (研究員)/金 榮愨 (専修大学)/権 赫旭 (ファカルティフェロー)/深尾 京司 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

バブル経済崩壊以来、日本の生産性上昇が長期間低迷している原因について、企業や事業所レベルのデータを使って多くの研究が行われてきた。産業・マクロレベルの生産性の変化は、個々の企業内における生産性の変動による部分と企業間の資源の再配分(たとえば、生産性の高い企業の参入や規模拡大、生産性の低い企業の退出や規模の縮小など)による部分の和に分解することができる。このような分析は生産性動学分析と呼ばれ、マクロ・産業レベルの分析では解明が難しい生産性低迷の企業レベルの原因を理解するうえで重要な役割を果たす。しかしながら、今までの分析の多くは、データの制約のため中規模以上の企業を主な対象としており、中小企業における生産性動学に焦点を当てた分析は少ない。特に、非製造業に関する研究は極めて限られている。

日本では、古くから二重構造論として指摘されてきたように、経済全体に占める中小企業のシェアが比較的高く、大企業と中小企業間の格差も大きい。たとえば、日本では米国に比べて中小企業の雇用シェアが高い(Fukao et al. 2016)一方で、R&D投資の大部分は大企業によって担われている(OECD 2017)。そのため、その中での生産性ダイナミクスも大きく異なると予想される。また、「2018年版中小企業白書」(中小企業庁)によれば非製造業は日本全体(非1次産業)の付加価値の約73%、常用雇用者数の約77%を占めており、そのうち中小企業が占める割合は付加価値で約56%、常用雇用者数で66%と、いずれも半分を超えている。

このような問題意識から、本研究では非製造業も含めた日本経済全体の中小企業における生産性動学分析を行い、その結果を大企業と比較分析している。分析に用いるデータは、CRD協会が全国の信用保証協会および政府系・民間金融機関が有する取引先情報に基づいて作成してきた中小企業信用リスク情報データベース(CRD、Credit Risk Database)の個票データである。CRDは、製造業だけではなく非製造業もカバーしており、非常に多くの中小企業の情報を有している大変貴重なものであり、1999年から2013年まででのべ約187万件の企業のデータが収録されている。

図1はCRDを用いて行った中小企業の生産性動学分析の結果である(本分析の中小企業の定義は中小企業基本法第2条第1項の規定および中小企業関連立法における政令の定義に準拠している)。同分析では1999年から2013年までの期間を、好況期であった2003年から2007年まで、世界金融危機の下で日本が戦後最大の景気後退に見舞われた2007年から2009年まで、そしてそこからの回復期である2009年から2013年までの3つの期間に分けている。

本研究の生産性動学分析では、産業全体の全要素生産性(TFP、Total Factor Productivity)上昇を次の6つの要因に分解している。

(1)内部効果:各企業のTFP上昇によって産業全体のTFPが上昇する効果。
(2)再配分効果:シェア効果(相対的にTFPが高い企業が市場シェアを拡大させ、相対的にTFPの低い企業が市場シェアを縮小させることによる効果)と共分散効果(TFPを伸ばした企業の市場シェアがより拡大することによる効果)の合計。存続企業間の資源再配分の効果をあらわす。
(3)参入効果:相対的に生産性の高い企業の参入が産業全体のTFPを押し上げる効果(相対的に生産性の低い企業が参入した場合には産業全体のTFPが押し下げられる効果)。
(4)倒産効果:相対的に生産性の低い企業の倒産によって産業全体のTFPが押し上げられる効果(相対的に生産性の高い企業が倒産した場合には産業全体のTFPが押し下げられる効果)。
(5)廃業効果:相対的に生産性の低い企業の廃業によって産業全体のTFPが押し上げられる効果(相対的に生産性の高い企業が廃業した場合には産業全体のTFPが押し下げられる効果)。
(6)業種転換効果:企業が業種を変えることにより産業全体のTFPが変化する効果。

図1:中小企業の生産性動学分析結果(TFP上昇率の要因分解)
図1:中小企業の生産性動学分析結果(TFP上昇率の要因分解)

図1の結果によれば、中小企業部門におけるTFP上昇の主要な源泉は、一貫して再配分効果である。図1の正の再配分効果は、相対的に生産性の高い企業(または生産性が上昇した企業)の規模が拡大し、相対的に生産性の低い企業(または生産性の上昇率の低い企業)の規模が縮小していることを意味している。そのため、本分析の結果は、日本の中小企業部門では生産性が低い企業が縮小し、生産性が高い企業が拡大する市場の競争メカニズムが正常に機能していることを示唆している。

また、図1の結果によれば、参入効果はすべての期間において正であり、倒産効果と廃業効果は一貫して負であった。正の参入効果は相対的に生産性の高い企業が新たに生まれている状況を示している。一方、負の倒産効果・廃業効果は、相対的に生産性の高い企業が市場から退出していることを意味するため、市場の競争による自然選択メカニズムが十分に機能していない可能性を示唆している。

一方、大企業を対象とした生産性動学分析の結果は中小企業部門の結果といくつかの側面で対照的である。図2は、図1と同じ分析期間において『企業活動基本調査』の個票データのうち中小企業を除いた大企業のデータを用いて、生産性動学分析を行った結果である。大企業のTFP上昇では内部効果が最も重要であり、近年改善がみられる再配分効果も内部効果に比べて小さいことが分かる。

中小企業間では再配分効果が大きいのに対し、大企業間で再配分効果が小さいのはなぜだろうか。おそらく大企業の場合には、中小企業と異なり雇用の硬直性が高いため、企業間の資源再配分の効果が小さいのではないかと考えられる。一方、大企業は多様な事業を並行して抱え、自社が優位性を持つ有望な事業に雇用や資本を集中して投入するため、いわば内部労働・資金市場内での資源の再配分を通じて、内部効果が中小企業よりも大きくなっている可能性がある。

図2:大企業の生産性動学分析結果(TFP上昇率の要因分解)
図2:大企業の生産性動学分析結果(TFP上昇率の要因分解)

中小企業では大企業と比べて内部効果の寄与が格段に小さいことから、中小企業では自社の生産性を上昇させるための自社内での投資(たとえば、研究開発投資、ICT投資、新しい経営手法の導入、輸出やFDIなど)がこれまで不十分であったことがうかがえる。そのような中小企業が新しい技術等を主に取引関係にある大企業に依存している場合、大企業の生産活動の国際化は薄くなった取引関係を通じて大企業から中小企業への知識のスピルオーバーを弱くし、中小企業の生産性下落(もしくは生産性伸びの低迷)を引き起こす可能性が高い。中小企業で遅れているR&D投資やICT投資、新しい経営手法の導入などへの支援は中小企業の内部効果を引き上げることで日本経済全体の生産性向上に繋がると考えられる。また、生産性の高い企業の退出による負の倒産効果や廃業効果をいかに縮小するかも重要な政策的課題である。そのためには、本研究で観察された、比較的規模が大きくTFPの高い中小企業がなぜ倒産・廃業するかの原因を明らかにする必要があり、今後の重要な研究課題の1つであろう。

参考文献
  • Fukao, Kyoji, Kenta Ikeuchi, Younggak Kim, and Hyeog Ug Kwon (2016) "Why Was Japan Left behind in the ICT Revolution?" Telecommunications Policy 40(5):432–49. Retrieved (10.1016/j.telpol.2016.01.008).
  • OECD (2017), OECD Science, Technology and Industry Scoreboard 2017: The digital transformation, OECD Publishing, Paris, http://dx.doi.org/10.1787/9789264268821-en.