ノンテクニカルサマリー

安定性と柔軟性を兼ね備えた調整市場の制度設計:EUの調整市場統合からの論点整理

執筆者 東 愛子 (尚絅学院大学)
研究プロジェクト 電力システム改革における市場と政策の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「電力システム改革における市場と政策の研究」プロジェクト

再生可能エネルギーが大幅に増加する欧州では、電力システムの備えるべき要件として、従来の「安定供給」に加え、「柔軟性」が重要になってきている。「柔軟性」を持った電力システムとは、電力需給の変動に対して、需要サイドと供給サイド双方が、需給の引き下げ引き上げを細かく行うことによって、需給の安定性を担保するシステムである。この「柔軟性」を持った電力システムを効率的に達成するべく、欧州各国や欧州全体で電力市場改革が進んでいる。市場改革で最も重要な点は、電力市場が需給状況を的確に反映した価格シグナルを出し、この価格シグナルに応じて市場参加者が発電や需要の引き上げ引き下げの意思決定を行うことのできる制度を作ることである。また、ディマンドレスポンスや小規模の蓄電設備、再生可能エネルギーなどすべての電源が、全く区別されることなく市場で競争できる環境を作ることも市場改革の大きな狙いである。このように、さまざまなプレーヤーの市場参入を促し、細かい価格シグナルに対応できる電源(柔軟性の高い電源)が市場で活用される機会が創出されれば、柔軟性の高い電源への投資インセンティブが高まり、長期的にも供給の安定性を担保できる。

図1:ドイツの電力市場の構造
図1:ドイツの電力市場の構造

ただし、EU各国の電力市場制度を比較すると、50Hertz et.al.(2014)に示されるように、各国はさまざまな異なる電力市場制度を運営しながら「安定性」と「柔軟性」を達成しようとしている。そこで本稿では、欧州の電力市場改革に関する文献調査とヒアリング調査によって各国の電力市場制度の仕組みを比較検討し、各国の調整市場制度の相違が、特に柔軟性に対して与える影響を評価し、今後の日本の電力市場構築への示唆を引き出すことを目的とする。

電力市場は、市場参加者(BRPs)が電力の取引を行う「前日市場」「当日市場」と、送電事業者(TSO)が最終的な需給調整に使う調整力を調達する「調整市場」に分けられる。図1に示すように、たとえばドイツでは、「前日市場」や「当日市場」が開く前にまず、送電事業者が調整力を確保してしまう(注1)。また、再生可能エネルギーなどの変動電源は調整市場に参入することを認められていない。さらに、調整力を提供する事業者は、必ず送電事業者と契約をする必要がある。送電事業者は実働時の物理的な需給を一致させる責任があるので、最終的な調整に使う電源を確実に確保しようというのがドイツの考え方である。

これに対してベルギーやオランダの方式は異なる。図2に示すように、調整に使う電力の入札は、実動1時間前まで開いており、送電事業者と事前に調整力を提供する契約をしていなくても、市況に応じて自由に入札をすることができる。調整市場のゲートクローズが実働に近いほど、事前に予測の難しい電源からの調整力の提供が可能になる。したがって、今後、再生可能エネルギーや小さな蓄電池なども調整力として市場に呼び込み、調整市場の競争と柔軟電源の確保を狙う場合、ドイツの方式は、ベルギーとオランダの方式より多様な市場参加者を呼び込むことは難しいと判断できる。

図2:ベルギーの電力市場の構造
図2:ベルギーの電力市場の構造

ただし、ドイツは他国と比較して、当日市場が実働30分前まで開いている。つまり、できるだけ当日市場を使って市場参加者が需給調整を行う仕組みづくりに重点を置きつつある。このように比較すると、欧州では当日市場のゲートクローズをできるだけ実働に近い位置に持ってくる方式と、調整エネルギー市場のゲートクローズをできるだけ実働に近い位置に持ってきて市場参加者の意思決定の選択肢を増やす方式が混在していることがわかる。どちらの方式が、より市場の柔軟性や供給の安定性に効果を発揮するのかは、今後さらに検討を要する課題である。

脚注
  1. ^ 調整力は技術的要件によって3種類に分けられる。FCRは周波数を安定化するために使われる調整力であり、プライマリと呼ばれる。また、周波数を当初値まで戻し、FCRを代替する役割を担う調整力がFRRであり、自動で稼働するaFRRと、手動で稼働するmFRRに分けられる。mFRRはドイツではミニット、オランダやベルギーではターシャリと呼ばれている。
文献