ノンテクニカルサマリー

旅行客フローにおける距離・国境効果:ミクロ・グラビティ分析

執筆者 森川 正之 (副所長)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1. 背景

日本のサービス輸出は欧米主要国に比べて少ないが、近年のサービス輸出の伸び率は高い。アベノミクスが始まった2012年から2016年の間、財輸出の伸びは年率1.6%だが、サービス輸出は年率14.3%の高成長である。サービス輸出の中でも、特に訪日外国人旅行者が顕著に増加しており、2012年の836万人から2016年には2404万人へと4年間で3倍近くに増加した。

こうした中、外国人訪日客の一層の拡大は、政府の成長戦略の柱の1つとなっており、2020年に4000万人、2030年には6000万人という意欲的な数値目標が設定されている。しかし、外国人訪日客を国籍別に見ると、アジアからが大多数を占め、北米、欧州など遠距離からの訪日客は少ない。伸び率を見ても、アジア諸国からの旅行客が急増する一方、欧米からの旅行客の伸び率は相対的に低く、物理的な距離による違いが大きい。最近は、欧米からの旅行客をいかに拡大するかが重要な政策課題になっている。

しかし、訪日外国人の大幅拡大という数値目標や欧米からの観光客拡大のために有効な政策を検討するためには、外国人旅行客数を規定している要因を明らかにすることが必要である。

2. 分析内容

こうした問題意識の下、宿泊施設レベルでの出発国・都道府県別の延べ宿泊者数データ(2013〜2015年度)を使用し、グラビティ・モデル(重力モデル)を用いて宿泊旅行における距離や国境の影響を推計する。本稿の特長は、(1)国内地域間と国際的な旅行客フローの両方を用いた分析であること、(2)国・地域集計レベルではなく宿泊施設単位のミクロデータで推計を行うこと、(3)全宿泊施設のほか、旅館、リゾートホテル、ビジネスホテル、シティホテルという施設タイプ別に推計を行い、施設特性による差を分析することである。

グラビティ・モデルによる貿易フローの実証研究は数多いが、サービスの国際貿易と国内取引の両方を含むデータでの実証分析は海外でもこれまでほとんど存在せず、新規性の高い研究である。

3. 分析結果と政策含意

分析結果によれば、第1に、物理的な距離は旅行客フローに対して大きな影響を持っているが、海外からの訪日客が日本人の国内旅行に比べて距離の影響を強く受けているとは言えない。旅行者の出発地から宿泊施設所在地までの距離が2倍だと、旅行客数は-30%〜-40%少なくなる関係である(図1参照)。ただし、旅行客フローに対する距離の影響は、先行研究における財貿易に対する距離の影響に比べると小さい。

第2に、旅行客フローに対する国境効果が存在し、仮に同じ地理的距離だったとしても国境を超える移動は-60%以上少ない。ただし、財貿易やサービス貿易に関する先行研究と比較すると、国境効果はむしろ小さめである。

第3に、宿泊施設タイプによって距離や国境の影響には異質性があり、旅館では距離の影響が大きいが、シティホテルは相対的に小さい。

以上の結果は、外国人旅行客フローに対して入国手続き、言語の違いを含めた国境の影響が存在し、これらを円滑化する政策の余地があることを示唆している。

図1:出発地から宿泊施設までの距離が2倍のときの宿泊者数への効果
図1:出発地から宿泊施設までの距離が2倍のときの宿泊者数への効果
(注)「宿泊旅行統計調査」(2015年度)のミクロデータを用いたグラビティ・モデルのPPML推計(ポアソン疑似最尤推計)の結果に基づいて作図。