ノンテクニカルサマリー

長時間通勤とテレワーク

執筆者 森川 正之 (副所長)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1. 背景

長時間労働の是正、残業の制限強化など「働き方改革」への取り組みが活発に行われている。労働時間の長さに注目が集まっているが、通勤時間も労働者のワークライフバランスを含む経済厚生に大きく影響する。たとえば、長時間通勤は、それ自体がストレスや健康度低下の源泉となり、また、幸福度を低下させることが指摘されている。

日本の労働時間と通勤時間の長期的な推移を「社会生活基本調査」(総務省)のデータで見ると、労働時間が減少してきたのとは対照的に通勤時間は増加傾向にある。通勤の長時間化傾向は日本だけの現象ではなく、主要国でも同様に通勤時間の増加傾向が観察されている。しかし、日本は先進国の中でも相対的に通勤時間が長い。

この問題は、サービス産業の生産性向上という政策課題とも関連がある。すなわち、サービス産業は都市型産業という性格を持っており、経済活動の大都市への集中は生産性向上に寄与するが、通勤の長時間化、女性のフルタイム就労の抑制という副作用を伴う。

通勤時間は勤務先だけでなく、居住地の選択という個人の意思決定にも依存しているため、労働時間と違って雇用政策としての対応は難しい。しかし、最近の働き方改革の中では、テレワークが取り上げられており、大都市圏における仕事と家庭生活の両立に寄与する可能性がある。

2. 分析内容

こうした背景の下、日本人約1万人を対象とした独自のデータに基づき、通勤時間やテレワークの実態および労働者の選好、通勤時間・テレワークと賃金や主観的幸福度の関係について分析を行う。具体的には、通勤時間やテレワークの実態に関する観察事実を提示するとともに、(1)長時間通勤を行っている人の特性、(2)通勤時間と労働時間の間の選好、(3)通勤時間やテレワークと賃金の関係、(4)通勤時間やテレワークが仕事満足度や生活満足度に及ぼす影響に関する推計を行う。

3. 分析結果と政策含意

結果の要点は次の通りである。第1に、労働時間よりも通勤時間が長くなることへの忌避感の方がずっと強く、特に女性でその傾向が強い(図1参照)。ただし、通勤時間と主観的な仕事満足度や生活満足度の間の関係は、統計的には必ずしも明瞭ではない。

第2に、長時間通勤に対する賃金プレミアムが存在し、特に女性でこの関係が強い。

第3に、女性、若年層、既婚者、就学前児童を持つ人はテレワークを積極的に評価する傾向がある。

第4に、テレワークを行っている人は少数だが、他の諸要因をコントロールした上で、賃金、仕事満足度がともに高い傾向がある。

以上の結果は、働き方改革の中で通勤時間の問題を看過すべきでないこと、通勤時間が女性の就労形態の選択に強く影響していることを示唆している。女性や高齢者の就労拡大が課題となっている中、政策的にはテレワークやサテライト・オフィスの普及が有効な対応策となりうること、大都市圏における交通インフラの整備や都市中心部における土地利用規制の緩和等が重要なことを示唆している。

ただし、テレワークはオフィスワークを念頭に論じられることが多いが、生産工程、運輸関連、接客系の職種など、そもそも技術的に困難な業務も多いことに注意する必要がある。

図1:通勤時間と労働時間の選好
図1:通勤時間と労働時間の選好
(注)設問の文言は、「通勤時間が往復で1時間増えるのと、勤務時間が1時間増えるのとを比較すると、あなたはどう思いますか」