執筆者 | 森川 正之 (副所長) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)
1. 背景
長時間労働の是正が「働き方改革」の最大の課題となっている。しかし、労働者の観点からは、量的な勤務時間の長さだけでなく、予期していなかった急な残業や休日出勤、有給休暇の計画的な取得の難しさといった就労スケジュールの不確実性(予測不可能性)の影響も無視できない。たとえば、最近、サンフランシスコやシアトルでは、一定の企業に対して2週間前に就労時間を知らせることを義務付け、これを変更する際には「予測可能性給付(predictability pay)」を行うことを法制化したという(Mas and Pallais, 2017)。
子供の世話・送り迎え、家族や友人との食事、旅行の計画をはじめ、予め決めていたスケジュールに急な変更を強いられることの主観的なコストは大きい。同じ時間の残業や休日出勤であっても十分前から予測されていてそれを前提にスケジュールを組んでいた場合と、突然の残業や休日出勤命令とでは、ワーク・ライフ・バランスの面で大きな差がある。
一方、企業の現場では、顧客・取引先の突然のクレームへの対応、急な事件や事故への対処といった事前の就業スケジュールに対する攪乱要因が数多く存在する。官庁でも、国会対応業務が典型的な例で、翌日の質疑が入りそうになると夜間の待機、答弁資料作成など、予期せざる残業が発生する。これは、労働時間の長さと関連はあるが本質的には別の問題であり、労働時間が短くてもスケジュールの不確実性が高い労働者はいるし、逆のケースも存在する。しかし、長時間労働に関する研究は多いものの、不確実性の問題を扱った研究は少ない。
2. 分析内容
そこで本稿では、独自に設計・実施したサーベイを通じた収集した個人レベルのデータ(就労者約7000人)に基づき、日本における就労スケジュールの不確実性についての観察事実を提示する。具体的には、予期せざる急な残業や予定していた休暇日の出勤の頻度、それらの仕事満足度への影響、就労スケジュールの不確実性に対する補償賃金などについての実証的な事実を示す。
3. 分析結果と政策含意
第1に、5割強の労働者は事前に予定されていなかった急な残業を頻繁に又はときどき行っている。休暇取得の不確実性は残業ほどではないが、約3割の労働者は予定していた休暇を業務上の事情で中止することが頻繁に又はときどきある。いずれも正社員・正職員および労働時間の長い労働者で顕著である。就労スケジュールの不確実性は広範に存在し、特に女性の就労形態の選択に影響を持っている可能性が示唆される。
第2に、不確実な残業や休暇取得の不確実性の労働者にとっての主観的コストは大きく、これらへの忌避感は強い。個人差はあるが、予期せざる急な残業2時間は予定された残業3時間半程度と等価であり、確実な休暇2日間は実際に休めるかどうかが直前まで不確実な休暇3日半程度と等価である。総労働時間が同じでも、頻繁な不確実残業や休暇取得の不確実性は仕事満足度に対して大きなマイナスの影響を持っている。この影響は、総労働時間の増加や賃金の減少の影響に比べて量的にはるかに大きい(表1参照)。予期せざる急な残業の仕事満足度へのマイナスの影響は、男性よりも女性で顕著である。
第3に、賃金関数の推計結果によれば、日本の労働市場において不確実な残業に対する一定の補償賃金が存在する。しかし、不確実性に起因する不効用の大きさと比較すると現実の補償賃金は量的にずっと小さい。また、休暇取得の不確実性に対する補償賃金の存在は確認できない。
以上の結果は、就労スケジュールの不確実性に対応することが、WLBを含む労働者の厚生という観点から、労働時間短縮や賃金引き上げよりもはるかに重要であることを示唆している。政策的に対応すべき問題かどうかは議論の余地があるが、少なくとも個々の職場において不確実性自体を低減し、あるいは、その影響を軽減するような人事・労務管理上の工夫や不合理な慣行の是正を行うことが望ましい。
男性 | 女性 | 男性 | 女性 | |
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ln賃金 | 0.2149 *** (0.0288) |
0.1685 *** (0.0325) |
0.2179 *** (0.0289) |
0.1581 *** (0.0325) |
ln労働時間 | -0.1800 *** (0.0434) |
-0.2937 *** (0.0537) |
-0.1697 *** (0.0433) |
-0.2918 *** (0.0532) |
不確実残業・時々 | 0.0313 (0.0385) |
-0.0724 (0.0446) |
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不確実残業・頻繁 | -0.2786 *** (0.0570) |
-0.3666 *** (0.0742) |
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休暇不確実性・時々 | -0.1463 *** (0.0380) |
-0.1178 ** (0.0531) |
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休暇不確実性・頻繁 | -0.5339 *** (0.0827) |
-0.5448 *** (0.1266) |
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(注)順序プロビット推計、カッコ内はロバスト標準誤差。***, **は有意水準1%、5%。マイナスの数字は、仕事満足度に対して負の影響を持つことを意味。 |