ノンテクニカルサマリー

調整力市場におけるネガワット取引とエネルギー利用効率

執筆者 庫川 幸秀 (早稲田大学)/田中 誠 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 電力システム改革における市場と政策の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「電力システム改革における市場と政策の研究」プロジェクト

電力需給がひっ迫した場合、火力発電などにより必要な供給量を確保することが1つの選択肢になる。しかし、単に供給量を増やすのではなく、電力需要をコントロールして、化石燃料発電を抑制する方法も考える必要がある。この場合、需要者に節電を要請する必要が生じる。その際に得られる節電量をネガワットといい、需要者には節電量に応じた対価が支払われる。これがネガワット取引である。

この対価(ネガワット価格)は需要者が節電によって失うサービスもしくは便益に連動する。機器や設備などの省エネ性能、建物の断熱性等の改善が進み、エネルギーの利用効率が高まれば、節電で失う便益も大きくなる。したがって、エネルギーの利用効率が高まればネガワット価格が上昇する。エネルギーの利用効率が将来的に下方に推移することは考えられないので、理論上、ネガワット価格は上昇していくことになる。

本稿では需給がひっ迫して電力が不足した際に、不足分を火力発電と節電量(ネガワット)で分担する状況(図1参照)を想定して、エネルギー利用効率の影響を考慮に入れた理論モデルを構築し、火力発電量とネガワット取引量のバランスについて分析を試みた。ネガワット取引が火力発電の代替手段として拡大すれば、温室効果ガス排出削減の要請にも応えることができる。

これまでの政策議論において、エネルギー利用効率の改善がもたらす効果は、おもに電力消費の視点から捉えられることが多かった。すなわち、エネルギー利用効率が向上することで、電力消費量の削減と、それに伴う化石燃料発電量の削減が期待でき、同時に電力消費便益を増大させることができる。しかし本稿の分析結果は、エネルギー利用効率の改善が節電コストを引き上げることで、従来期待されてきたものとは逆の効果をもたらし得ることを示している。エネルギー利用効率が高まるとネガワット価格が上昇し、電力不足時に発電で調整する方が割安となる。したがって調整手段として火力発電への依存度が高まり、ネガワット取引量が縮小する。これは温室効果ガスによる環境負荷の増大と社会厚生の損失につながる。このように、調整力としてネガワット取引を活用することを考える場合、エネルギー利用効率の改善が電力消費の局面でもたらす影響に加えて、節電(ネガワット供給)の側面でもたらす影響を考慮することが求められる。特に、火力発電とネガワットの適正なバランスを実現させるには、火力発電のコストを環境負荷の観点から見直す必要がある。本稿の分析は、ネガワット取引による化石燃料発電量の削減効果を十分に発揮させるためには、炭素税、もしくは化石燃料発電の削減に対して何らかのインセティブを与える手段を導入することが必要であることを示唆している。

図1:供給力不足と調整手段
図1:供給力不足と調整手段