ノンテクニカルサマリー

企業統治、雇用システムと日本企業の財務パフォーマンス:国際比較研究

執筆者 蟻川 靖浩 (早稲田大学)/井上 光太郎 (東京工業大学)/齋藤 卓爾 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 企業統治分析のフロンティア
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

法と経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「企業統治分析のフロンティア」プロジェクト

日本企業は長期にわたり、低収益、低株価から脱却できず、失われた20年を経験した。この一因に日本企業における企業統治の機能不全があると考えられ、ここ数年、スチュワードシップコード導入、コーポレートガバナンスコード導入など企業統治改革が進められてきた。いずれの改革も従来の長期的関係に基づく内部者中心のシステムから、機関投資家や社外取締役など外部からのモニタリングを重視する企業統治システムへの移行を目指す改革であり、この方向性が有効かは日本企業の財務的な低パフォーマンスが、内部者中心の企業統治にどの程度起因するかに依存する。内部者中心という点については、日本企業の雇用制度・慣行も、終身雇用、内部昇進を前提に閉鎖的に構築されており、機動的な雇用の調整が難しく、これも収益性および成長性を阻害しているという懸念もある。

本研究は、国際比較の視点から日本企業の相対的な低パフォーマンスが、日本企業の内部者中心の企業統治と雇用システムに起因するか否かを実証的に明らかにすることを試みている。具体的には世界の主要27か国の売上高30億ドル(約3千億円)以上の上場企業(金融、公益事業除く)1,548社(うち、日本企業298社)をサンプルに、2006年~2012年の7年間のパネルデータを作成し、日本企業の相対的に低い収益性や株価が内部者中心の企業統治と雇用調整の困難さによって説明可能かを検証している。この分析時期は、2008年の国際金融危機とその後の回復期を含み、企業統治や機動的な雇用調整の重要性が高い時期である。また、日本に関してはコーポレートガバナンスコード導入により2名以上の社外取締役就任が進む以前の時期に当たる。

本研究の新規性は、企業統治と雇用システムの両側面から、日本企業の財務的な低パフォーマンスの説明を国際比較の視点で試みた点である。このアプローチの背景として、企業統治が機能し、経営者が不採算事業のリストラや経営資源の再配分を行おうとしても、機動的な雇用調整が困難な場合にはいずれもが阻害されるという懸念がある。

企業統治に関しては、経営に対するモニタリングの重要な主体である取締役会と株主に着目し、取締役会における外部モニタリングの水準を示す変数として社外取締役比率、株主からの外部モニタリングの水準を示す変数として機関投資家比率を採用した。雇用調整の柔軟性に関する変数としては、World Economic Forumが世界中の1万3千社の経営陣に対して毎年実施しているサーベイ調査結果に基づくHiring and Firing Practices Index(以下、雇用調整柔軟度指数)の各国別の指数値により計測した。いずれの変数も、毎年変化する変数であり、分析期間中の変化も反映される変数である。一方、企業の財務パフォーマンスの変数としては、収益性指標としてROA(総資産利益率)、企業に対する市場評価としてqレシオ(企業の市場価値の簿価に対する倍率)、成長性として将来3年間の売上成長率を使用した。分析においては、時期、先進国か新興国の区別、各国のマクロ経済動向に加え、産業、企業規模、企業年齢、借入比率などが結果に影響を持たないように調整している。

図:2006年~12年における日本企業と日本以外の主要国企業の差
(サンプル:主要27カ国の売上高3billion米ドル以上の上場企業1,548社)
図:2006年~12年における日本企業と日本以外の主要国企業の差

主要な分析結果は、以下の通りである。

  1. (1)日本企業の社外取締役比率は14%で、これはサンプル平均の47%より大幅に低い。日本企業の雇用調整柔軟度指数(数値が高いほど、機動的な雇用調整が容易)はサンプル全体平均に対して低く、機動性が低いと経営者が受け止めている。
  2. (2)日本企業のROAとqレシオは、マクロ経済や産業、企業規模、企業年齢などを調整後でも世界の比較対象企業に対し有意に低い。一方で、売上成長率は有意に低いとは言えず、日本企業の財務パフォーマンス上の問題点が収益性と株価水準にあることが示された。
  3. (3)サンプル全体において、社外取締役比率が高く、機動的な雇用調整が容易であるほど、企業の収益性と株価水準が有意に高い。加えて機動的な雇用調整が容易であるほど、企業の成長性に対しても正の効果がある。一方で、機関投資家比率はqレシオには正の効果があるが、収益性と成長性に対する効果は確認できなかった。
  4. (4)日本企業とその他の国の企業の間のROAとqレシオの差について、その大部分が日本企業の社外取締役比率の低さと、雇用調整の柔軟性の低さで説明可能である。逆に、他国よりもROA、qレシオ、成長率とも高い米国企業についても、その差は米国企業の社外取締役比率、機関投資家比率、雇用調整の柔軟性がそれぞれ相対的に高いことより大部分が説明可能であった。

まとめると、日本企業の低収益、低株価は、内部者支配の取締役会、人的資源の再配置(採用、解雇)の難しさにより、大きな割合が説明可能であった。この結果は、日本企業の低収益性、低株価、成長力の引き上げに向けた方策として、現在進行中の取締役会改革に合わせ、雇用システムの改革の必要性を示唆している。