執筆者 | 小塩 隆士 (ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | 社会保障の中長期課題への対応に関する研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
特定研究(第四期:2016〜2019年度)
「社会保障の中長期課題への対応に関する研究」プロジェクト
本研究は、厚生労働省「国民生活基礎調査」を用いて、日本の高齢者の健康面から見た就業率の上限(health capacity to work)―すなわち、健康状態から判断して高齢者がどこまで就業を増やせるか―を分析するとともに、1986年から2016年にかけての長期的傾向を調べたものである。
具体的な分析は、次のように進める。まず、厚生労働省「国民生活基礎調査」のデータを使って、年金受給が就業に大きく影響しない50歳代の人々の就業行動をさまざまな健康変数で説明する回帰式を、実際に観測されるデータから推計する。次に、その回帰式で得られた就業と健康との関係をベースにして、60歳以降の健康状態に対応する就業確率を個人ごとに試算する。そこで得られた就業確率の平均を、健康面から見た潜在的な就業率と考える。そして、実際の就業率がその潜在的な就業率を下回る分を、就業率を引き上げられる余地だと解釈する。
推計結果の中で最も重要な結果は、図にまとめられている。男性の場合、50歳代には90.2%だった就業率は、60歳代前半には75.5%、後半には52.5%、そして、70歳代前半には32.7%に低下する。定年を迎え、引退して年金生活に入る人が次第に増えるからである。ところが、60歳以降の加齢に伴う健康状態の悪化だけを反映して潜在的就業率を試算すると、60歳代前半、後半、70歳代前半でそれぞれ、87.8、86.2、84.1%となる。この年齢層だと、高齢者といっても健康面で大きな悪化が見られないので、50歳代とほぼ同じような働き方が可能となる。その結果、60歳代前半、後半、70歳代前半の就業率はそれぞれ、最大で12.0ポイント、33.7ポイント、51.3ポイント引き上げられる計算になる。一方、女性の場合は、就業形態が多様であり、専業主婦にとどまっているケースも多いので、解釈が難しい。しかし、男性と同様の方法で計算すると、60歳代前半、後半、70歳代前半の就業率はそれぞれ10.6ポイント、22.1ポイント、28.1ポイント高められる計算になる。
さらに、詳細な説明は本文に委ねるが、①とりわけ男性高齢者にとっては、パートタイム就業からフルタイム就業にシフトできる余地も幾分あること、②過去30年間において高齢者が追加的に就業できる余地が拡大傾向にあること、も本研究から明らかにしている。
もちろん、本研究の中でも強調しているように、健康状態によって完全な就業が困難な高齢者が存在し続けている点には注意が必要である。しかし、60歳代後半の就業率を現在から2-3割程度引き上げられれば、社会保険料や税収もかなり増加し、高齢者向けの社会保障制度の運営はずいぶん容易になる。経済全体の潜在成長力も高まるだろう。高齢者の健康状態の改善には、医療をはじめとする社会保障制度の拡充も大きな役割を果たしてきた。本格的な高齢化社会を迎えるに際して、その成果を社会にできるだけ還元して、制度の持続可能性を高めるという発想があってもよい。公的年金制度や雇用制度をはじめとして、高齢者が健康状態に応じて無理なく社会を「支える」ための制度改革が求められる。