ノンテクニカルサマリー

日本の輸入におけるFTA利用度の決定要因:特恵マージンと原産地規則

執筆者 安藤 光代 (慶応義塾大学)/浦田 秀次郎 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト FTAに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「FTAに関する研究」プロジェクト

本論文は、自由貿易協定(FTA)の特恵関税と最恵国待遇(MFN)関税の差である特恵マージンと原産地規則(ROO)に着目し、日本の輸入におけるFTA利用度の決定要因を分析したものである。FTA締結の動きが遅れていた日本も、現時点では17のFTAに調印しており、そのうち15のFTAが発効している。近年入手可能になったFTA輸入のデータを用いてFTA利用度を計算してみると、輸入全体を対象とすれば2割弱だが、有税品目に絞れば7割程度であることが分かる(表1)。

ただし、FTA相手国からの輸入だからといって自動的に低いFTA税率が適用されるわけではない。そもそもFTAによる貿易自由化の例外品目となっていたり、特恵マージンが小さければ、FTAが利用されない可能性が高い。また、FTA税率が適用されるのは、原産地規則を満たし原産地証明を取得して輸出された場合のみである。この原産地規則は、FTAごとに存在し、それがどの程度複雑か否かはFTAによって異なる。表2は、日本の12のFTAの原産地規則について、タイプごとに関税品目数を示したものである。実際にはより数多くのタイプがあるが、似通ったものはなるべくまとめたものとなっている。それでも、如何に多くのタイプが存在するか、複雑なタイプがあるかがこの表から明らかであろう。なかには、複数の基準を満たさなければいけないケースもあり、そのような原産地規則を満たしづらいタイプほど、FTA利用を妨げると考えられる。

そこで、MFN関税や非関税措置も考慮しつつ、特恵マージンとROOに焦点をあてて、日本の輸入におけるFTA利用度の決定要因を分析した結果、特恵マージンが大きいほど利用率があがることが明らかになった。特恵マージンが小さくても、単価が高く取引額が大きい場合には、企業にとってFTA税率を利用するインセンティブが働くこともあるだろうが、一般的には、やはり特恵マージンが大きい方がFTA利用度が高まるということである。したがって、FTAの経済的効果を期待するのであれば、保護産業において関税撤廃が難しいとしても、MFN関税が高い品目こそ、高税率や複雑な関税制度を残存させるのではなく、極力シンプルで、かつ、低税率の関税体系の設定が必要である。

また、より制限的なタイプのROOは日本の輸入におけるFTA利用率を引き下げることも明らかになった。ROOの影響はROOのタイプによって大きく異なる。とりわけ、関税分類番号変更基準(CTCルール)だけやCTCルールか付加価値基準(VAルール)かを選択できるケースと比べ、CTCルールとVAルールを共に満たさなくてはいけないタイプのROOはFTA利用率を引き下げる傾向が強く、さらに、CTCルールの中では、HS4桁での項変更基準よりHS2桁の類変更基準の方が利用度を引き下げる傾向にある。つまり、条件をより満たしにくい制限的なROOほど貿易障壁になりうると示唆され、FTA利用を促進するためには制限度が低く、使い勝手のよいROOを設計することが重要である。

FTA利用を妨げる他の要因としては、例えば、実際に貿易を行っている企業におけるFTA関連の知識・情報や人材の不足、原産地証明の取得にかかる物理的・時間的コストなどFTA利用のためにかかる高い費用などが考えられる。FTAの利用を促進し、その貿易拡大効果を実現するためには、中小企業を含めFTA利用の可能性のある企業へのFTA利用のための知識や情報の周知や、FTA利用にかかるさまざまなコストの削減が必要不可欠であるし、今後のFTAの設計においては、実際にFTAが利用しやすいような、関税体系や使い勝手のよい原産地規則を作成すべきである。

表1:日本の輸入におけるFTA利用度(%、2015年度)
表1:日本の輸入におけるFTA利用度(%、2015年度)
データ:Tariff Analysis Onlineと財務省のデータを元に筆者作成。
注:シンガポールの利用度は低いが、石油関連品目のHS2710173を除くと、利用率は70%を超える。
表2:日本のFTAにおける原産地規則:協定別・R00タイプ別関税品目数(HS9桁ベース)
表2:日本のFTAにおける原産地規則:協定別・R00タイプ別関税品目数(HS9桁ベース)
データ:Deloitte's "Trade Compass"のデータに修正を加えたデータを用いて筆者作成。
注:CC: 類変更、CH: 項変更、CS: 号変更、WO: 完全生産品、VA: 付加価値基準、SP: 加工工程基準など、CR: 化学反応基準など、Contact: 特殊なもの。"A + B": AとBを共にみなすもの、"A or B": AかBか選択できるもの。赤は、1つのFTAのみで使われているタイプであることを示す。