執筆者 | 古川 雄一 (ファカルティフェロー)/Tat-kei LAI (IÉSEG School of Management)/佐藤 健治 (大阪府立大学) |
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研究プロジェクト | 市場の質の法と経済学に関するエビデンスベースポリシー研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
法と経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「市場の質の法と経済学に関するエビデンスベースポリシー研究」プロジェクト
1. 背景
国民の持つ新しいアイディアや商品を積極的に好む態度や嗜好は、一般に、社会全体のイノベーションに貢献すると考えられている。イノベーションは長期的な経済成長の重要なエンジンであるため、このような新しさに対する文化的な選好(新奇性追求傾向)は経済成長にプラスの効果を持つと考える人も少なくないだろう。
しかし、最近の実証研究成果によれば、新奇性追求傾向が高すぎると、1人当たりGDP がかえって減少する可能性がある。また、イノベーションへの効果に目を向けると、このような新しさに対する文化的な選好(新奇性追求傾向)とイノベーションの関係は必ずしも明らかなものではない。図1は各国の新奇性追求傾向とイノベーション水準の関係を記述した散布図である。ここに描かれているように、新奇性追求とイノベーションの関係は有意に負である。この事実は、国民の新しいモノ好きな傾向-新奇性追求傾向-が、かえってイノベーションを減少させる可能性を示唆している。
新奇性追求傾向がイノベーションに与える影響はどのようなものか。財・サービスの「新しさ」への消費者の選好はイノベーションを促進するのか、かえって低下させるのか。いくつかの実証研究がこの問いに対する答えを提示しつつあるものの、経済学的なメカニズム解明を目的とした理論分析は見当たらない。本研究は、新しい理論モデルを構築することによって、新奇性追求傾向のマクロ経済における1つの役割を明らかにすることを目的とする。
2. 分析と結果
新奇性追求傾向の理論分析を可能にするため、本研究は、消費者が商品の「新しさ」に対して選好を持つという設定を新たに考案した。具体的には、消費者が新たに発明された消費財と過去に発明された既存の消費財とを区別し、新たに発明された消費財にのみ特有の選好を有するという設定を、Paul Romer (1990) 流のイノベーションに基づく内生的成長モデルに導入。この新しい財への選好の強さを表す効用関数上のパラメーターを、消費者の新奇性追求傾向の程度と解釈した。このようなモデルにおいて、本研究では、企業が2種類の投資活動に従事すると想定している: 1つは新しい消費財を発明するための投資、もう1つは既存の消費財を改善し市場に生存させるための投資である。これら2種類の投資活動への影響を通じて、新奇性追求傾向が、経済全体のイノベーションと経済成長に果たす役割を理論的に分析した。
得られた分析結果は次のとおりである。このような経済において、消費者の新奇性追求傾向が強い-消費者が新商品をより強く好む-なら、新商品への需要は大きいものとなり、新商品の発明から得られる利潤が高まる。これはイノベーションプロセス全体にプラスの影響を持つ。しかしながら、人々の新商品への強い選好は、同時に、既存の商品を改善し、市場で生存させるための投資から得られる利潤を減少させるため、商品の市場における商品の生存率が低下(あるいは退出率が増加)し、イノベーションプロセスにマイナスの影響がある。本研究では、新奇性追求傾向ある閾値を超えて高くなると、後者のマイナス効果が支配的となり、経済は低開発の罠に陥ることが示された。罠に陥った経済では、新商品開発への投資は行われるが、開発された商品を生存させる投資は発生せず、イノベーションプロセス全体は低調となり、経済成長の機会が失われる。この理論的結果は、強すぎる新奇性追求傾向が、社会全体のイノベーションと経済成長に与える負の効果を明らかにするものである。
3. 政策的インプリケーション―市場の質理論の観点から―
市場の質理論によれば、健全な経済発展には高質な市場が必要不可欠であり、市場を高質化するにはいわゆる市場インフラとよばれる、市場の機能をサポートする諸要因のコーディネーションがなくてはならない。市場インフラには、法制度やルールのみならず、教育や倫理、文化なども含まれる。本研究で分析した新奇性追求傾向は国民固有の文化的特徴であり、イノベーション市場を支える重要な市場インフラの1つであると考えられる。
新奇性追求傾向がイノベーションに影響するという今回得られた結果は、文化や国民性が重要な市場インフラであるという市場の質理論の主張をサポートするものである。市場の質理論の命題を、本稿の結果に当てはめて言い換えれば、次のようになる。高質な市場を達成するためには、新奇性追求傾向のような文化的要因と法制度を含むその他市場インフラがうまくコーディネートされなくてはならない。
市場の質理論の観点に立てば、本稿の結果は、文化の異なる外国で成功した制度・政策設計をそのまま我が国に導入しても機能しない可能性を示唆している。文化や国民性が異なれば、市場インフラのコーディネーションの在り方も異なるため、市場高質化を達成する望ましい法制度・経済政策のデザインも異なる可能性があるからである。法制度・政策を検討する際に、国家・地域特有の文化や国民性とのコーディネーションに留意することの重要性を、本研究の結果は示唆している。
- 参考文献
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- Gören, Erkan. "The persistent effects of novelty-seeking traits on comparative economic development," Journal of Development Economics, 126: 112–126 (2017a).
- Romer, Paul. M. "Endogenous technological change," Journal of Political Economy, 98: S71–S102 (1990).