ノンテクニカルサマリー

固定資産税と土地利用:1990年代前半の制度改革に関する分析

執筆者 宮崎 智視 (神戸大学)/佐藤 主光 (一橋大学)
研究プロジェクト 固定資産税の経済・財政効果と改革の方向性
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「固定資産税の経済・財政効果と改革の方向性」プロジェクト

本研究は、1991年になされた、長期営農継続農地制度の廃止ならびに生産緑地法改正という一連の制度改革が、三大都市圏特定市(注1)内における市街化区域内農地(宅地化農地)にどのような影響を与えたかを、理論・実証両面から検証したものである。

農地に対する固定資産税課税については、都市および地方における効率的な土地利用や、緑の保全などの観点から優遇措置を行うことが正当化されている。さらにBrueckner (2011)でも述べられているように、都市の中心部から郊外へと無秩序に開発が進むスプロール現象が懸念される場合、農地に対する固定資産税の負担を軽減することで、「行き過ぎた都市化」と、それに伴う諸問題を食い止めることも可能と考えられよう。

しかしながら、同様の軽減措置が、都市の中心部およびその周辺部の農地に適用されている場合、却って都市化が阻害されることになり、土地利用の非効率が懸念されることになる。特に日本の場合、三大都市圏特定市における市街化区域内の農地は、開発促進の観点から原則「宅地並み課税」をすべきとされてきた。尤も、農地所有者・農業団体等の反発もあって、この「宅地並み課税」はほぼ形骸化してきた経緯がある。例えば、1982年に制定された長期営農継続農地制度の下では、10年以上農地として耕作する場合には「宅地並み課税」を猶予されることになった。言うまでもなく、本来宅地に転用することが望まれる土地を農地のまま保全することに対しては、多くの批判がなされた。例えば、Ishi (1991)は、東京近郊には「偽装農地」が当時存在したことを指摘している。

上記の批判を踏まえ、1991年の税制改正において、長期営農継続農地制度が同年度末で廃止されることになった。かつ、同年9月に施行された改正生産緑地法の下では、三大都市圏特定市にある市街化区域内農地の所有者は、(1)市街化区域内農地として保有し宅地並み課税を受ける、(2)生産緑地地区の指定を受ける、という2つの選択肢に直面することになった。もし市街化区域内農地を500㎡以上の規模で所有している場合、(2)の選択肢を選んだならば固定資産税負担は軽減されるものの、30年間は他の用途への転用が不可能になる。その意味で、寺井(2001)でも指摘されているように、1991年度になされた一連の法改正の結果、所有者たちはより厳しい選択を迫られたとも言える。一方、税負担を軽減される限りは、必ずしもすべての地主が宅地にすることを見越して(1)の選択肢を選ぶとは限らず、生産緑地の適用を受けることも考えられる。

以上の点を踏まえ、本研究では、まず(1)制度改正の結果、市街化区域内農地は減少する、(2)生産緑地での保存というオプションがある結果、宅地への転用は必ずしも明確にならない、という2つの結果を理論モデルにより導き出した。次に、この2つの結果を仮説として、制度改正前後の期間(1992年度と1993年度)を対象にdifference-in-differences(DID)を用いて実証分析を試みた。上記の期間を標本期間とした理由を説明する。通常、固定資産税の徴収は、その年の1月の資産状況に対する各自治体の評価に基づき、4月以降に行われることになる。すなわち、1992年度の固定資産税収は「1992年1月」時点の固定資産税評価額に基づくことになる。言うまでもなく、その時点では長期営農継続農地制度は廃止されていない。一方、1993年度の固定資産税収は、同制度廃止後である「1993年1月」の評価に基づくものである。ゆえに、1992年度を改正「前」、1993年度を改正「後」とした。

DID推定にあたっては、三大都市圏特定市をトリートメント・グループ、その他の市をコントロール・グループとした。実証分析に先立ちデータを整理したところ、下の図に示したように、三大都市圏特定市における市街化区域内農地比率は、制度改正の前後である1992年度と1993年度にわたって大幅に減少している一方、コントロール・グループについては三大都市圏特定市ほど減少していないことが分かる。

図:市街化区域内農地比率の推移(Case1,単位:%.DP本文のFigure 6aを抜粋)
図:市街化区域内農地比率の推移(Case1,単位:%.DP本文のFigure 6aを抜粋)
注:「Designated cities」は三大都市圏特定市、「Other cities」はコントロール・グループに区分した、三大都市圏特定市以外の自治体

実証分析の結果、制度変更後に市街化区域内農地比率が減少したとの結果が頑健に示された。一方、宅地比率についてはいずれのケースでも有意な結果を得ることができなかった。このことは理論的仮説と平仄の合うものであり、制度改革の結果、Ishi (1991)の指摘する通り「偽装農地」は減少したと考えられるものの、すべてが宅地転用されたわけではないことが示唆された。データを見ると、1992年度から1993年度にかけては生産緑地が大幅に増えており、生産緑地を選択した地主が多いと推察される。

アメリカなど諸外国と異なり、日本の場合は都市中心部およびその周辺の農地を保全する一方、郊外の都市開発を過剰に進めたことは否めない。結果、郊外から中心部への長時間通勤に象徴されるような、さまざまな都市問題は解消されないままである。中心部およびその周辺において農地の宅地転用が進まず、結果として都市化が阻害されたことに鑑みるならば、1991年の制度改革の際には長期営農継続農地制度のみ撤廃し、生産緑地法は改正すべきではなかったとも言えよう。

脚注
  1. ^ 三大都市圏の特定市は、都市計画法第7条第1項の規定する区域(東京都の特別区、三大都市圏(首都圏、近畿圏、中部圏)にある政令指定都市および既成市街地、近郊整備地帯などに所在する市)。
参考文献
  • 寺井公子(2001)「市街化区域内農地に対する『宅地並み課税』の効果」『都市問題』第92巻第11号,pp.69-81
  • Brueckner, J.K. (2011) Lectures on Urban Economics. The MIT Press.
  • Ishi, H. (1991) "Land Tax Reform in Japan." Hitotsubashi Journal of Economics 32: 1-20.