ノンテクニカルサマリー

輸出の高度化と貿易の弾力性

執筆者 THORBECKE, Willem (上席研究員)/Nimesh SALIKE (Xi'an Jiaotong-Liverpool University)
研究プロジェクト East Asian Production Networks, Trade, Exchange Rates, and Global Imbalances
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「East Asian Production Networks, Trade, Exchange Rates, and Global Imbalances」プロジェクト

為替レートの変化や保護主義などの要因は輸出価格に影響を与え、産業空洞化を引き起こす。例えば、1985年から1995年までの期間、また2007年から2010年までの期間に円が急騰し、輸出に多大な影響を与えた。同様に、アジア危機以前、過大評価された為替レートの下で価格競争力が低下し、インドネシア、マレーシア、フィリピン、韓国およびタイでは経常収支が赤字になり、1995年から1997年までのGDPの4~5%に匹敵するまでになった。各国はどのようにすればこうした影響を受けないようにすることができるのだろうか?それには、技術進歩を図ることが1つの方法かもしれない。高度化された製品の需要の価格弾力性は低い可能性がある。これは、高度な製品ほど買い手の評価が高く、買い手の購買決定において価格変動による影響が小さい可能性があるからである。そうだとすれば、ハイテク製品の生産者の市場支配力はより大きいことになる。

ここでは、製品の高度化レベルの評価に、OECDの分類を用いた。OECDでは、研究開発費の付加価値に対する比率に基づき技術レベルを決め、財をハイテク(HT)、中ハイテク(MHT)、中ローテク(MLT)、ローテク(LT)の4つのカテゴリーに分類している。

そして、各財の主要輸出国の輸出について、標準的な輸出関数を用いて検証した。輸出は、実質為替レートおよび海外利益に依存するものとした。

結果は、図1の通りである。アパレル、履物、家具などのローテク製品の輸出は、為替レートが増価すると、化学品、医薬品、医療機器などのハイテク製品の輸出に比べより大幅に減少することが明らかになった。

また、一国の全体的な輸出バスケットの高度化レベルと為替レートに対する感応度との関係も検証した。ここでは、工業製品の最大輸出国に焦点を当てた。輸出高度化の測定には、Kwan (2002)、Lall、Weiss、Zhang (2006)、および Hausmann、Hwang、Rodrik (2007)の指数を用いた。これらの指数は、富裕国の輸出品ほど技術的に高度であると仮定している。その根拠は、富裕国ほど労働コストは高く、それらの国が世界市場で競争するためには、より高度な技術工程を用いる必要があるからである(Lall et al.、2006を参照)。

図2が示すように、スイスなどの技術フロンティアにある国からの輸出は為替レートの上昇の影響にさらされにくく、他方中国などの開発途上国は為替レートの上昇の影響をきわめて受けやすい。

日本およびスイスの通貨はいずれも避難通貨である(例えば、Botman、de Carvalho Filho、Lam、2013およびGoldberg、Krogstrup、2018を参照)。世界においてリスク回避が強まると、両国は通貨高となる傾向がある。例えば、世界金融危機とユーロ圏危機により不確実性が増した2007年の第4四半期から2011年の第3四半期までの期間中、国際決済銀行の広義の実質実効為替レート指数は、日本円は22%、スイスフランは26%増価した。こうした通貨高が日本経済に大きな打撃をもたらす一方で、スイスの投資および消費は引き続き急速な伸びを見せ、貿易収支は依然大幅な黒字を保った。このように異なる反応が見られた理由の1つは、2007年から2016年までの期間のスイスの輸出の50%がハイテク財であったのに対して、日本の輸出に占めるハイテク財の割合はわずか21%だったことである。この期間のスイスの主要輸出品目は医薬品であったが、日本の主要輸出品目は自動車だった。本稿の検証結果は、医薬品輸出が為替レートの影響を受けにくいのに対して、自動車輸出は大きな影響を受けることを示しており、日本の輸出バスケットにハイテク財の占める割合が増加すれば、日本の輸出はさらに安定化することが示唆される。

図1:輸出の為替レート弾力性と製品の技術レベル
図1:輸出の為替レート弾力性と製品の技術レベル
注:図は、製品の為替レート弾力性(ERE)と製品の技術レベル(TL)の関係を示したものである。技術レベルはOECDの計算による。OECDでは、研究開発費の付加価値に対する比率に基づき技術レベルを評価している(Hatzichronoglou、1997を参照)。正の相関があることが予想される。
図2:輸出の為替レート弾力性と各国の高度化指数
図2:輸出の為替レート弾力性と各国の高度化指数
注:図は、一国の輸出バスケットの高度化レベル(ESI)と製造業の総輸出に対する為替レート弾力性(ERE)の関係を示したものである。ESIはKwan (2002)の手法を用いて計算し、1992-2016年のサンプル期間における平均高度化レベルを示す。正の相関があることが予想される。
参考文献
  • Botman, D., de Carvalho Filho, I., and Lam, W.R. (2013). The curious case of the yen as a safe haven currency: A forensic analysis. Working paper No. 13-228, International Monetary Fund.
  • Goldberg, L., & Krogstrup, S. (2018). International capital flow pressures. Working paper No. 18-30, International Monetary Fund.
  • Hatzichronoglou, T. (1997). Revision of the high-technology sector and product classification. Science, Technology and Industry Working Paper No. 1997-02, Organization for Economic Cooperation and Development.
  • Hausmann, R., Hwang, J., & Rodrik, D. (2007). What you export matters. Journal of Economic Growth, 12(1), 1-25.
  • Kwan, C.H. (2002). The rise of China and Asia's flying geese pattern of economic development: An empirical analysis based on US import statistics. RIETI Discussion Paper 02-E-009, Research Institute of Economy, Trade and Industry.
  • Lall, S., Weiss, J., & Zhang, J. (2006). The "sophistication" of exports: A new trade measure. World Development 21(2), 153-172.