ノンテクニカルサマリー

企業による期待形成と事業計画-法人企業景気予測調査に基づく観察事実-

執筆者 陳 誠 (香港大学)/千賀 達朗 (研究員)/孫 昶 (香港大学)/張 紅詠 (研究員)
研究プロジェクト 流動化する日本経済における企業の国内経営と国際化に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「流動化する日本経済における企業の国内経営と国際化に関する研究」プロジェクト

背景

日本企業はかつてない人手不足の状況に直面している。内閣府・財務省実施の「法人企業景気予測調査」によると、従業員数判断について多くの企業、特に中小企業が「不足気味」と回答している(図1)。一方、大企業においては景況判断を「上昇」と答える企業の割合が高いが、中小企業の景況感は良くない。これは既知の事実であるが、景況判断と従業員判断などの雇用計画との関係は不明である。

そこで、本稿は内閣府・財務省が実施している「法人企業景気予測調査」の個票を用いて、企業の期待と景況判断が雇用計画(臨時・パート従業員数)などの事業計画に与える影響について分析した。

図1:景況感と雇用
図1:景況感と雇用
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出所:内閣府・財務省「法人企業景気予測調査」。

データと観察事実

本稿は、「法人企業景気予測調査」2004年Q2から2017年Q1まで計52四半期の個票データを利用する。各回調査では約12000社のサンプルがある。調査項目は、計数調査と判断調査の2種類に分かれる。計数調査では、売上高の実績および見通し(半期)に加えて、設備投資の実績および見通し(四半期)がある。判断調査では、貴社の景況、国内の景気、従業員数(うち臨時・パートの数)、生産・販売などのための設備などについて、これらの変化と方向性(「上昇」、「下降」、「増加」、「減少」、「不明」など)を企業に聞いている。なお、こうした情報を用いた研究としては、森川(2018)があり、「不明」回答を先行き不確実性の指標として有用と指摘した上、業況などの先行き「不明」は、次期、次次期の設備投資に対して負の影響を有することを明らかにしている。

本研究は、計数調査と判断調査を用いて各企業の売上高の成長率、予測誤差(実績値-予測値)などを算出し、以下の観察事実を整理した。第一に、企業による売上見通しの修正パターンは、均してみると、楽観的な見通しから徐々に下方修正され、売上実現値に近づく。第二に、売上見通しは、売上実現値よりも変動の幅が大きい。第三に、売上成長率および売上予測誤差の企業間分散は相関する。最後に、中小企業の予測誤差は、大企業のそれより大きい。

分析結果と含意

企業による将来予測、景況判断は、企業活動にどう影響を与えるのだろうか。「法人企業景気予測調査」の個票を用いたパネル分析では、被説明変数を(1)設備判断あるいは従業員判断(1:不足、0:適正、-1:過大)、(2)臨時・パート従業員数(1:増加、0:不変、-1:減少)とし、説明変数は売上成長率、売上予測誤差、前期からの判断誤差(自社景況判断および国内景気判断)、今期および次期の自社景況判断、国内景気判断などを用いて回帰分析を行った。

分析結果からは以下の事実が明らかになった。第一に、前期の売上成長率に加えて、その成長率が予測以上であることも、今期の雇用および設備逼迫度に正の影響を有する。企業が不完全情報に直面し、過去の実績から学習することを示唆している。第二に、国内景気判断(マクロ)、自社の業績についての判断(ミクロ)は、双方とも企業の雇用計画および設備逼迫度に影響を与えるが、国内景気(マクロ)よりも自社の景況判断(ミクロ)が与える影響の方が大きい。GDPや物価といったマクロ指標よりも、産業や企業レベルでの経営環境が事業策定において重要であることを示唆している。第三に、中小企業では、大企業と比較して、国内景気判断(マクロ)よりも自社景況判断(ミクロ)が雇用および設備逼迫度に与える影響が大きい。これら企業による事業計画策定パターンは、外挿的およびフォワード・ルッキングな期待形成を示唆しているほか、企業間に情報収集の能力やキャパシティーに差がある可能性を示唆している。こうした企業レベルでの情報処理について、その特性への理解を深めると同時に、それが企業のパフォーマンスに影響を与えるのか、詳細な企業の会計情報を用いたパネル分析が次のステップとして重要だ。

脚注