ノンテクニカルサマリー

サプライチェーンを通じた為替レートの波及効果と企業パフォーマンス

執筆者 LI Zhigang (Asian Development Bank)/WEI Shang-Jin (Columbia University)/張 紅詠 (研究員)
研究プロジェクト 流動化する日本経済における企業の国内経営と国際化に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「流動化する日本経済における企業の国内経営と国際化に関する研究」プロジェクト

問題意識

為替レートの変動は、輸出企業の売上や収益に大きな影響を与えるだけでなく、波及効果を通じてマクロ経済の変動を起こす可能性もある。しかし、為替レート変動の波及効果を扱った研究は非常に少なく、その影響はまだ明らかになっていない。本稿は、日本企業の国内生産ネットワークのデータと国際貿易のデータを用いて、為替レートの変動の企業間のサプライチェーン・ネットワークを通じた川上産業・企業と川下産業・企業への波及効果を検証する。

データ

データは、経済産業省「企業活動基本調査」(2005年〜2013年)と東京商工リサーチ(TSR)「企業相関データ」(2005年、2010年、2011年、2013年)を利用する。「企業活動基本調査」は雇用者数50人以上および資本金が3000万以上の製造業及び一部のサービス業企業をカバーしている。各回約2万社を調査しており、約半分は製造業である。各企業は、バランスシートの情報以外に、地域別(アジア、北米、欧州、中東、その他)の輸出・輸入の金額を報告している。

TSRデータには、各年80万社以上の企業情報があり、売上、利益、雇用者数、産業分類等の変数が入っている。特に重要なのは、企業間の取引関係(販売先と仕入先)が分かることである。企業間の取引金額は分からないが、「企業活動基本調査」データとリンクすることによって為替レートの変動の波及効果を分析することが可能となった(図1)。

為替レートのショックとしては、企業レベルの輸出・輸入金額(地域別)とマクロ変数(名目為替レート、GDP、CPI)を利用して企業レベルの輸出・輸入実効為替レートのエクスポージャーを算出した。間接輸入企業とは、直接輸入を行わないが、輸入しているサプライヤーから財を調達している企業である。同様に、間接輸出企業は、直接輸出していないが、輸出企業に財を提供している企業を指す。

図1:川上波及効果・川下波及効果の定義
図1:現地法人売上の地理的分布
注:筆者作成。

分析結果と含意

回帰分析では、企業の生産性・企業別貿易加重の外国GDP(供給と需要ショック)をコントロールした上で、為替レートの変動が輸入コストと輸出価格という2つのチャンネルを通じて企業パフォーマンス(売上高成長率、利益率変化率)に影響を与えると想定している。

主な結果は次の通りである。
(1)輸入企業の為替レートのエクスポージャーが販売先企業全体の売上高や利益率に与える影響は統計的に弱い。ただし、そのうち、輸入を行わない間接輸入企業への影響は検出された。
(2)輸出企業の為替レートのエクスポージャーが仕入れ先企業(輸出を行わない間接輸出企業)のそれらに対して非常に強い影響を与えることが分かった。円安になると、間接輸入企業の売上高や利益率はそれほど減少しないが、間接輸出企業の売上高と利益率が大きく増加する。
(3)輸出企業に財を供給する中小企業は、輸出を行っている大企業の為替レートのエクスポージャーの影響を受けやすい。
(4)製造業は卸売業よりも為替レート変動の波及効果が顕著に現れ、輸入企業の川下波及効果と輸出企業の川上波及効果ともに強く効いている。輸出入を同時に行ったり、金融機能も兼ねたりする卸売企業や商社が為替レート変動の一部を吸収しているためだと考えられる。

これらの結果から為替レート変動の波及効果が貿易モード、企業規模、産業などによって異なる可能性があることが分かった。国内サプライチェーンの視点から見ると、為替レートの安定化は日本企業のパフォーマンス、特に間接輸出を行っている中小企業にとって非常に重要であることを示唆している。