ノンテクニカルサマリー

特許拒絶理由引用の選択:三極比較による実証

執筆者 和田 哲夫 (学習院大学)
研究プロジェクト 産業のイノベーション能力とその制度インフラの研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「産業のイノベーション能力とその制度インフラの研究」プロジェクト

引用情報を基にした計量書誌学(Bibliometrics)には長い研究の歴史があり、引用回数を対象とした研究のほか、ネットワーク分析などの学際的手法も導入され、引用の科学ともいうべき学問分野が確立している。特許引用も、産業発明や特許の価値・影響評価のため、とりわけ経済学方面での応用が盛んである。

日米欧の主要三極で基本的な特許制度は共通であり、特許拒絶の理由となる新規性・進歩性には大きな差はないが、同一発明からなされた三極出願に対し、特許査定結果が異なる場合が多いことが先行研究によって知られている。しかし、この同一発明からなされた三極出願に対して、三極で審査官から示された拒絶理由にはどの程度の違いがあるか、実証的に明らかにした先行研究はない。そこで、本研究では、出願人による引用ではなく審査官による特許引用に着目し、同じ発明に基づく日米欧三極への出願に対して、各庁でどのような審査官引用が示されたか、国際特許ファミリを通じて比較を行った。審査官引用の中でも、拒絶理由を構成する特許引用に絞り、かつ米国も含めて拒絶理由を構成する特許引用を国際比較した、という点に新規性がある。計量書誌学の国際学術誌Scientometicsに国際調査報告(ISR)引用と国内段階審査による引用の比較が先行研究として存在するが、国際的な特許庁間の比較は、世界的に見ても初めてである。

拒絶理由を構成する引用とは、日・欧などではX/Y引用カテゴリとして容易に観察され、PATSTATデータベースから取得可能である。引用カテゴリには多くの種類があるが、X/Y引用カテゴリとは、単一の先行文献のみによってある出願の(典型的には新規性欠如によって)特許性が否定される場合のXカテゴリと、複数の文献の組み合わせで(通常、進歩性が失われることにより)特許性が失われる場合のYカテゴリの2つを指す。新規性や進歩性の欠如によって出願を拒絶するとき、その理由を審査官は必ず示さねばならず、多くの場合に先行特許文献がX/Y引用として記録される。従って、X/Y引用は、日米欧の審査官が依拠する拒絶理由を比較する基準として明確ではないか、という理屈が、ここでの基本的な、かつ今まで実証研究には使われなかった新しい考え方である。

今まで国際比較がなされていなかった理由として、米国ではX/Y引用カテゴリの実務がないことが挙げられる。ただし、新規性や進歩性の欠如によって出願を拒絶するとき、審査官は理由を必ず文書で示す必要がある点は、米国も日・欧と全く変わらない。そこで、拒絶理由を通知する文書から引用された特許番号を抽出することにより、日・欧のX/Y引用と同等の引用データを得ることができる。本研究では、新たに開発した米国拒絶理由引用特許データベースと、PATSTATデータベースから得た日・欧のX/Y引用とを用いて、日米欧のX/Y(相当)引用の国際比較を行い、個々の拒絶理由のうち複数の特許庁で共通に用いられた先行特許文献がどの程度あったかを計測した。

その結果、下図のように、各国の審査官が同じ特許出願を拒絶するため、相当に乖離した先行特許に依拠していた、という事実を発見した。ここで、引用される特許文献は、「国際特許ファミリ」といって、同一の技術内容を持つ特許文献は実質的に同一である、とみなす処理をしている。というのは、少なくとも日本や米国では、他国にも実質的に同じ特許が存在しても、自国特許文献を優先して引用する傾向があり、その影響を除去するためである。つまり、三極の審査官は、同じ出願の特許性を判断するとき、相当程度異なる先行文献に着目していることを示している。特許査定率はそれほど大きくは食い違わず、同じ発明に対して特許査定・拒絶という最終結論はある程度似通っているので、これほど大きな拒絶理由の差異は直ちに説明できない。

そのため、本研究では、特許出願の特許分類数や、特許庁での係属時間、さらに特許分類に基づくベクトル間距離を用いて、拒絶理由となっている引用特許文献の米欧間での技術的乖離度の分析を加えた。その結果、出願の技術的範囲が広いほど、また欧州特許庁での審査時間がかかるほど、米・欧の審査官が異なる拒絶理由を用いている、と解釈できる結果を得た。

特許引用を技術的な影響範囲の測定手段として用いる研究も多いが、専門訓練を経て厳密な基準を適用する特許審査官が介在して生まれる特許引用ですら、技術を評価する者の影響によって先行・後続発明の関係の解釈には違いが起こりうることを本研究は示している。特許引用を、発明間知識フローと、特許の経済価値の代理指標として用いた研究が今まで大量に生まれているが、拒絶理由引用は、審査過程分析の手段として今後有用と考えられる。

図:X/Y引用からみた拒絶に直接用いられた被引用ファミリ
図:X/Y引用からみた拒絶に直接用いられた被引用ファミリ
(JPOはわが国の特許庁であり、EPOは欧州特許庁、USPTOは米国特許商標庁である。米国の特許文書公開システムにおいて、CTNFは非終末的な拒絶通知文書、CTFRは終末的な拒絶通知文書を示す。)