ノンテクニカルサマリー

企業業績における近隣効果:築地市場水産仲卸立地抽選による検証

執筆者 中島 賢太郎 (一橋大学)/手島 健介 (メキシコ自治工科大学)
研究プロジェクト 組織間ネットワークのダイナミクスと地理空間
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「組織間ネットワークのダイナミクスと地理空間」プロジェクト

多様な消費財・サービスへのアクセスの良さは、都市の魅力の大きな要因の1つである(Glaeser et al., 2001)。しかし財・サービスは都市内で一様にアクセスできるわけではなく、都市の中でもさらに専門店が集積したショッピング街区において提供されている。新宿や渋谷のような都市中心部に形成される商業集積や、都市郊外のショッピングモール等はこのようなショッピング街区の典型的な例である。

このようなさまざまな専門店の集積としてのショッピング街区は、多様な財、もしくは自分の好みの財を求める消費者にとって、この街区で一度に買い物を済ませることができるという点で魅力的である。従って、このようなショッピング街区の魅力が多くの消費者を引きつけ、その街区に立地する店舗の売上を増大させる。つまり、ある店の売上は、自分の店の近隣に立地する店舗から正の外部効果を受けているといえる。このような外部効果はショッピング外部性と呼ばれ、このショッピング外部性の存在が、多様な専門店を集積させるショッピング街区形成の主要メカニズムであると考えられている。

ただ、このようなショッピング外部性の存在、大きさを実証的に検証することは極めて困難である。その理由は、企業が立地を選択できる点にある。消費者の集まる場所に企業は出店したいと考えるであろうし、さらにそのような場所の高いテナント料を支払えるのは生産性の高い企業であろう。従って、店舗の集積が街区をショッピング面で魅力的にする結果、そこに立地する店舗の売上を上昇させているのか、単に売上の大きな企業が魅力的な場所に集中して出店する結果、全体的に魅力的な街区を形成しているだけなのか、ということの識別が困難なのである。このような困難を克服する究極的な方法は、企業の立地がランダムに決定された状況を分析するというものである。「たまたま」近隣企業の組み合わせに恵まれた場所が当たった企業とそうでない企業のパフォーマンスの差は、そうした近隣企業の組み合わせがパフォーマンスに与えた因果効果と解釈できる。しかし、このようなランダムな立地の決定という状況を現実に見出すのは極めて困難であり、ショッピング外部性の存在の説得的な証拠は存在していなかった。

本稿は、このような理想的な状況が実は東京築地市場の水産物仲卸で実現されていることに着目し、近隣企業の属性が企業業績に与える影響を実証的に検証した。東京築地市場の水産物仲卸は、仲卸の店舗が抽選によって一定期間ごとに再配置(店舗移動)されるという極めてユニークな制度を導入している。この店舗抽選によって、各仲卸にとって、自分の店舗が市場内のどこになるか、また、自分の周りにどのような仲卸が立地するかが外生的に決定されるため、近隣企業の属性が企業業績に与える影響を説得的に実証することが可能になる。

われわれは、実際に店舗移動が行われた1990年に注目し、1990年の店舗移動で決定された近隣属性(多様性等)が、その後の各仲卸の次回抽選(1995年)までのパフォーマンス変化に与えた影響について分析を行った。まず、過去の仲卸配置図や、仲卸名簿を利用して、築地市場内を65の区画に分け、各区画における店舗構成を指標化した。図(a)は、われわれが用いた区画の例である。大きな縦の通路に挟まれ、横の通路を共有する店舗群を1つの区画として定義した。具体的にわれわれが用いた指標は、近隣の多様性、近隣における同業種店舗の割合、近隣における過去の好業績仲卸のシェアの3つである。これらの近隣特性は、以下のようなメカニズムで仲卸のパフォーマンスに影響することが考えられる。まず多様性であるが、区画全体として多数の種類の魚が扱われていると、多種類の魚を買い集めたい客(例えば寿司屋など)にとってそのような区画が魅力的となり、その区画に客を集めることで、仲卸のパフォーマンスが向上すると考えられる。近隣における同業種店舗の割合については、例えばマグロ仲卸にとって、周辺にマグロの店舗がたくさんあることによって、競争が激化する一方、マグロを買い求めたい客が、その区画に引きつけられることで売上が上がることも考えられる。近隣の好業績店舗については、これらの人気店に客がまず引きつけられるが、そのついでに近隣の店舗で買い物するかもしれず、このことが近隣店舗のパフォーマンスを引き上げる可能性が考えられる。

図(b)は1990年において、マグロ・カジキを扱う店舗の位置を示した地図である。このような情報から、例えば、各区画におけるマグロ・カジキを扱う店舗の割合(マグロ・カジキ特化度)を計算することができ、それを示したのが図(c)である。市場内にマグロ・カジキ店舗の割合の高い区画と低い区画が混在し、またその分布に特に恣意的な傾向がないことが見て取れる。また、図(d)は、各区画に立地する仲卸で取り扱われる魚種の総数(多様性)を示した図である。特化度と同様に、市場内に多様性の高い区画と低い区画が混在していることが分かる。続いて、仲卸のパフォーマンスであるが、われわれは仲卸が築地市場の中で運営する店舗の数をその指標とした。築地では、仲卸が店舗を営業するにあたって店舗1つあたり、1つの営業権が必要となる。また、この営業権は取引が行われており、パフォーマンスの高い仲卸は他の仲卸からこの営業権を購入して店舗の拡大を行うことができる。従って、仲卸の所有する店舗の数は、仲卸のパフォーマンス指標の1つと考えられるのである(注1)。

分析の結果、近隣企業の(取り扱い魚種の)多様性、近隣同一種企業の集積、近隣高業績仲卸の存在は全て、われわれが特化型仲卸と呼ぶような狭い範囲の魚種を扱う仲卸にとって正の影響をもたらす一方、そうでない、非特化型仲卸については弱まる、あるいは負の影響がある、という結果を得た。さらに、その効果は買い出し客の通路を挟んで向かい合っている仲卸間には見られたが、近隣であっても背中合わせに配置されていて客の動線を直接共有していない仲卸間ではだいぶ弱まることを発見した。この結果は、われわれの発見した結果が客の買い回り行動によって生じたものであり技術的スピルオーバーなどによって生じたものではないことを示している。これらの結果は築地市場仲卸たちの間で「ついで買い」として知られている客の行動パターンと整合的であり、また商業集積を説明するショッピング外部性のメカニズムと整合的である。多様な専門店の集積は、このショッピング外部性を発生させることによってその区画を魅力的にし、そこに立地する店舗の売上を上昇させるのである。

これまで、都市集積のメカニズムに関する研究は、都市における企業、労働者の生産性上昇など、生産面に注目したものがほとんどであった。消費面でのメリットも指摘されてはいたが、現実の集積例からの経験則としての理論研究が中心で実証的証拠に乏しかった。本研究は、店舗の配置が近隣効果を持つことを実証的に検証し、経験則として認識されていた消費面のメリットによる集積効果を裏付けることができた。本稿で示された買い手を通じた集積効果は、都市集積の消費面でのメリットを示唆するものであり、都市政策の議論に新たな視点を提供するものである。

図
脚注
  1. ^ われわれは、商業統計個票によって、仲卸の店舗の数と売上との間に高い相関があることも確認している。また、店舗数でなく、商業統計個票から得た売上をパフォーマンス指標として用いた分析も行っており、それでも以下に述べる主要な結果が頑健であることも確認している。また、先に述べた、近隣好業績仲卸シェアを定義する際にもこの店舗数を仲卸の好業績の指標として用いた。
文献
  • Glaeser, Edward L., Jed Kolko, and Albert Saiz. 2001. Consumer City. Journal of Economic Geography, 1, 27-50