執筆者 | THORBECKE, Willem (上席研究員) |
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研究プロジェクト | East Asian Production Networks, Trade, Exchange Rates, and Global Imbalances |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「East Asian Production Networks, Trade, Exchange Rates, and Global Imbalances」プロジェクト
WTI(ウェスト・テキサス・インターミディエート)の1バレルのスポット原油価格は、1998年末から2008年6月にかけて、11ドルから140ドルにまで上昇した。その後、世界金融危機の深刻化に伴い2009年1月には42ドルまで下落した。2011年4月には113ドルまで回復したが、2016年2月には再び33ドルまで落ち込んだのち、2018年5月には80ドル超えとなった。原油価格の変動は、東アジアと東南アジア経済にどのような影響を及ぼすのか。
本論文では、このことを明らかにするため、これら地域全体において、原油価格が各産業の株価にどのような影響を与えるかを検討する。経済理論は、経済活動と株価には強い関連性があることを示している。株価は、将来のネットキャッシュフローの期待現在価値と等しくなる。これらのキャッシュフローは経済の実質的な活動に依存するため、経済活動と株価には関連性がある。原油価格の下落により恩恵を受ける産業の株価は上昇し、原油価格の下落からマイナスの影響を受ける産業の株価は下落する。
日本において原油価格上昇により最も影響を受ける産業は、電力・公益事業である。重工業および住宅建設も、原油価格が建設用電力や建設機械の使用コストに影響を与えることから、影響を受けやすい産業である。食品、飲料、小売などその他多くのセクターも、原油価格上昇の影響を受ける。これは、原油価格の上昇が、これらセクターの商品の生産・輸送や、消費者による他の物品の消費能力にもたらす影響を反映するものである。
原油価格の上昇により最も恩恵を受けるのが、石油・ガスの生産・開発セクターである。商用車セクターも恩恵を受け、バスや公共交通機関の需要増加を反映している。非鉄金属(例:金銀鉱業株)もまた、原油価格の上昇によって値上がりする。これは、原油価格の上昇がインフレを加速させるとともに、金銀鉱業株がインフレのヘッジとなる事実を反映している。石油化学などの工業用原料企業は、原油価格上昇の恩恵を受ける各セクターに財を供給する日本の様々な産業と同様に、恩恵を受ける。
原油価格の変動は、供給の変化(例えば、米国におけるシェール生産の増加によるもの)、需要の変化(例えば、世界経済の拡大)、または原油価格の外生的変化を反映する。本論文では、原油価格が産業の株価収益率に与える影響を、世界の原油供給の変化に由来するもの、世界の商品需要の変化に由来するもの、および世界の原油供給や商品需要の変化では説明できないもの(即ち、原油価格の外生的変化)に分解する。図1に示すように、原油価格の外生的変化は、原油価格変動に対するアジア株の反応を説明するのにとりわけ重要である。本論文の結果は、これが特に日本に当てはまり、世界の商品需要が日本株に及ぼす影響はほぼ皆無であることを示した。日本は、コモディティ生産国というよりはむしろはるかにモノの製造(「ものづくり」)国であるので、これは理にかなった結果である。さらに、日本は、官民で戦略的に石油備蓄を有しており、これにより、世界的な石油供給に関する懸念が低減している。
他のアジア諸国においては、原油価格の上昇は、鉱業、金属、石油・天然ガスの各セクターに恩恵をもたらす一方で、航空、公共サービスおよび電力にマイナスの影響を及ぼすことが本研究結果により示された。ASEAN諸国は、エネルギー・コネクティビティを強化することによって、電気および公共サービス産業が原油価格から受ける影響を低減することができる。ASEANの一部諸国(例:ミャンマー、カンボジア)は、水力発電を輸出する潜在能力を有する。その他諸国(例:インドネシア、タイ)は、高価なガス、石油、ディーゼルを発電に利用している。国をまたいだ貿易によって、コストを削減し、脱炭素化を推進できるだろう。ただし、エネルギー市場の統合を達成するには、規制および価格統一化に関する問題の解決と、各国のエネルギー自給自足への意欲が求められることになろう。
統合には巨額なインフラ投資も必要となる。インフラ投資への民間資金誘致には、PPP(官民連携)が有効だろう。ASEANの国家および地域レベルの政策立案者は、二酸化炭素排出の削減と、安定的な政策の維持に対する彼らの取り組みを支持することで、その下支えができるだろう。適切な優遇措置をどのように策定するか、エネルギー統合のためにいかに十分な資金を招致するかについて多くの困難な問題が依然として未解決となっている。ASEAN諸国の研究者と政策立案者は、これらの問題の解決に注力している。
中華人民共和国においては、自動車産業が原油価格上昇の影響を受ける。国内で低燃費車をより多く生産すれば、この影響は軽減されるだろう。中国では、ガソリン車を欲する住民に抽選への参加または競売で最大10万人民元支払うことを義務付けることによって電気自動車(EV)化を推進している。EVを購入しようとする住民には、そのような障壁はない。その他アジア諸国も、このようなイニシアチブから学ぶことができるだろう。
IMF(国際通貨基金)は、原油価格が上昇すると、株式市場に混乱が生じ、原油輸入国の国民総生産(GDP)が大幅に悪化するという仮定を立てている。本研究の結果はこれを支持しない。原油価格が上昇すれば、一部の産業の株価が上がる一方、別の産業の株価は下がる。全体の株価がこれによって下落するという証拠はなく、韓国では、原油価格の上昇によって全体の株価の上昇が起こっている。日本や韓国のような原油輸入国では、原油価格が低下すると恩恵を受け、原油価格が上昇するとマイナスの影響を受けると仮定するのは、あまりにも単純すぎるのではないか。政策立案者は、原油価格の変動がどのように自国の経済に影響を与え、また、どのように対応すべきかを考える際には、単純化せずエビデンスに基づいて検討するべきであろう。