ノンテクニカルサマリー

有権者はジェンダーステレオタイプ通りの候補者を好むのか?日本におけるコンジョイント分析の結果から

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

法と経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「人々の政治行動に関する実証研究」プロジェクト

政治制度と経済のパフォーマンスは密接に関係しているが、政治学において経済学同様に政治制度や政治行動についてエビデンスベースで分析を行った研究は、依然として数が少ない。国会における女性議員の比率は、人口の半数以上が女性であるにもかかわらず、わずか13.7%にしかすぎない。国際的には、経済社会における女性の参画が進んでいる国ほど、競争力、所得が上昇する傾向がみられることもあり、日本において「女性活躍の推進」が成長戦略として位置付けられている(注1)にもかかわらず、なぜ女性議員の数が少ないのだろうか ?議員比率に男女格差が生じる理由の1つとしてよく挙げられているのが、有権者が女性候補者に対して、偏見を抱いているという点である。実際に、世界価値観調査によると、日本人の間で「全般的に男性の方が女性よりも政治的指導者として適している」という意見に賛成する人の割合は約3割にも上る。既存研究によると、有権者は、性格や政治争点、イデオロギーなどの面において、男女の候補者に対してそれぞれジェンダーに基づくステレオタイプ・イメージを持っており、例えば、女性候補者は環境や教育問題といった「女性らしい」争点を扱うのが得意であると考える傾向にあるとされる。こうしたステレオタイプが、有権者の投票行動に影響を与え、女性候補者に対する投票を妨げている可能性がある。

そこで、選挙に際して候補者の性別は有権者にとってどの程度重要な判断材料になっているのか、さらにジェンダーに基づくステレオタイプ・イメージから逸脱した候補者は有権者の支持を失うのか否かについて理解するために、マーケティングの分野などで用いられてきたコンジョイント実験と呼ばれるサーベイ実験を行った。実験は、2,600人余りの日本人有権者を対象として、2015年11月に実施した。この実験では、性別の他に、人柄や学歴、支持する政策などについて記載した2人の仮想的候補者プロフィールを無作為に作成し、実験参加者にどちらか支持する方を選択させた。

図1に示した実験結果によると、有権者の投票行動において、候補者の性別は統計的に有意な影響を与えており、女性候補者は男性候補者に比べて、およそ2.7ポイント選挙で不利になることが判明した(図1の冒頭のSexの箇所のFemaleが示す部分を参照)。有権者の中でも、とりわけ男性有権者の方が、女性候補者に対してネガティブな評価を下しているが、興味深いことに、女性有権者であっても、必ずしも女性候補者を積極的に選んでいるというわけではなかった。

次に、女性候補者がジェンダー・ステレオタイプから逸脱した場合であるが、図2で示した実験結果によると、人柄(図2のPersonality Traits)やイデオロギー(図2のIdeological Placements)面に関しては、女性候補者がステレオタイプに反していても、有権者は特に気にしていない反面、女性候補者が経済や外交政策(図2のIssues Specialization中のEconomic Policy, Foreign Affairs)といった「男性的」な政策争点に特化した場合、選挙で不利になる場合が存在していることが明らかになった。従って、女性候補者の場合、女性であることが選挙で不利になり得ると同時に、女性らしく振舞わなかった場合に、有権者からネガティブな評価を下されてしまう可能性があるという点で、選挙戦略を考える上で男性候補者に比べて難しい選択を迫られるということが予想される。

以上の結果は、仮想的な想定の下で実施した実験に基づくものであり、被験者に提示した候補者プロフィールの内容など、現実を完全に反映させたものではないため、実際の選挙における有権者の投票行動とは異なっている可能性がある。例えば、候補者プロフィールの中に所属政党を加えた場合、有権者の投票行動における候補者の性別の影響はさらに小さくなるかもしれない。ジェンダーに基づくステレオタイプが選挙や投票行動、政策決定に与える影響について解明するためには、さらなる実験が必要であり、今後も条件を細かく変えた実験を重ねていく予定である。また、ここで見られたジェンダー・ステレオタイプの影響は、小選挙区制のように、候補者個人により焦点が当てられる選挙制度において顕著であると考えられ、比例代表制のように、政党本位の選挙活動が行われる選挙制度の下では小さくなると考えられる。議員比率の男女格差について検討する上で、こうした選挙制度の違いによる影響についても、今後さらなる研究が必要である。

図1:候補者の属性が有権者の投票行動に与える影響
図1:候補者の属性が有権者の投票行動に与える影響
図の中の点は、それぞれの候補者属性が有権者の候補者選択に与える影響の大きさを推計した値を示している。横棒は、95%の信頼区間を示す。
図2:女性候補者の属性が有権者の投票行動に与える影響
図2:女性候補者の属性が有権者の投票行動に与える影響
図の中の点は、候補者の属性が有権者の候補者選択に与える影響の大きさについて、男女の差を取った推計値を示す(女性候補者の方が男性候補者に比べて有利であれば、正の値をとる)。横棒は、95%の信頼区間を示す。
脚注
  1. ^ 経済産業省経済産業政策局プレゼン資料(2014年11月)