ノンテクニカルサマリー

大規模な取引ネットワークにおける企業の取引関係の形成への指数型ランダムグラフモデルの応用

執筆者 Hazem KRICHENE (兵庫県立大学)/荒田 禎之 (研究員)/Abhijit CHAKRABORTY (兵庫県立大学)/藤原 義久 (兵庫県立大学)/井上 寛康 (兵庫県立大学)
研究プロジェクト マクロ・プルーデンシャル・ポリシー確立のための経済ネットワークの解析と大規模シミュレーション
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「マクロ・プルーデンシャル・ポリシー確立のための経済ネットワークの解析と大規模シミュレーション」プロジェクト

大規模な取引ネットワークの構造を明らかにして、それがマクロ経済の変動にどのように関係するのかを明らかすることは政策立案の基盤となる重要な研究課題である(Gabaix, 2011)。また、取引ネットワークにおいて企業が取引先をどのように形成しているのか、そのリンク形成と企業や取引相手のさまざまな属性との関係を明らかにできれば、内生的なリンク構造と外生的な変数のお互いの関係を明らかにすることが可能である(Jackson et al, 2017)が、内生的な変数と外生的な変数の関係が自明ではないため、通常の回帰モデルに代表される手法を用いることは困難である。

そのための1つのアプローチとして、ネットワークの構造に関する確率的なモデルを用いて記述してその特性を明らかにする方法がある。もっとも基本的な枠組みは、観測データを制約条件とするエントロピー最大化原理により導かれる指数型ランダムグラフモデル(Exponential Random Graph Model)がその代表的な方法である(Snijders, 2002)。ところが、指数型ランダムグラフモデルに用いられるマルコフ連鎖モンテカルロ自体の計算が膨大になるため、従来の研究ではたかだか数百から千ノード数までの規模の経済ネットワークにしか適用されてこなかった(たとえば、Lomi et al, 2006, 2012)。

本研究では、大規模な取引ネットワークに関する大規模なデータを用いて、その構造を確率的なモデルを用いて記述することでその特性を明らかにする。上場企業からなる企業サイズの比較的大きな取引関係(企業数3198、取引関係2万417)を対象として、そのグラフ構造を指数型ランダムグラフモデル(ERGM)で記述する。ネットワーク構造に内生的なものとして、次数、相互取引、取引関係の推移性、共通の取引関係をもつ部分グラフをモデル化する。一方、企業のサイズ、財務状態や取引企業の財務状態などの外生的な変数が取引関係の形成に影響を及ぼす効果もモデルに含める。モデルのパラメータ推定のため、大規模なネットワークに適用することが可能なマルコフ連鎖モンテカルロ法を応用した。その結果、上記の効果をすべて含めない場合には、最短経路長などの非自明な取引ネットワークの特性が説明できないことを見出した。また、推定結果としてそのパラメータの値と統計的な有意性、得られた値の解釈などを議論した(表1)。

具体的には、ネットワーク構造に内生的な変数としては、次数すなわち取引数の大きさや構造による効果(表のDegree, In-Stars, Out-Stars)に加えて、相互取引(Reciprocity)、取引関係の推移性(transitivity, AT-T, AT-C, AT-U, AT-D)、共通の取引関係をもつ部分グラフ(Two-Path)のすべてが有意である。一方、企業のサイズ、財務状態や取引企業の財務状態、産業や地域などの外生的な変数が取引関係の形成に影響を及ぼす効果も有意である。したがって、確率モデルの実データへのあてはめという視点から、相互取引、取引関係の推移性、共通の取引関係が企業間の取引関係の形成において重要であり、さらに、同じ業種や地域(Sector Homophily, Location Homophily)において取引関係の形成が生起しやすいこと、また業績の良し悪しの効果(Profit Sender/Receiver)、好調不調間の取引(Profti Heterophily)の存在を読み取ることができる。

以上の効果それ自体は明らかであるが、この手法を異なる業種や地域、取引関係のクラスター(密な取引関係をもつ企業群)に個別に応用することで、効果の違いを定量的に比較することができるであろう。また、本論文で開発した方法は今後、産業や地域の特性を反映するコミュニティ構造の空間的変化や、取引関係自体の時間変化、ダイナミクスを含めた確率モデルへ展開することが可能である。また、京コンピュータなどのスパコンへの実装も行うことができる。

表1
表1
指数型ランダムグラフモデル(Exponential Random Graph Model)による大規模取引ネットワークの確率モデルのパラメータ推定。ネットワーク構造に内生的なものとして、次数(Degree)、相互取引(Reciprocity)、取引関係の推移性、共通の取引関係をもつ部分グラフ(その他の属性)をモデル化する。一方、企業のサイズ、財務状態や取引企業の財務状態、産業や地域などの外生的な変数が取引関係の形成に影響を及ぼす効果もモデルに含めている。
脚注
  • X. Gabaix. The granular origins of aggregate fluctuations. Econometrica, 79(3):733-772, 2011.
  • M.O. Jackson, B.W. Rogers, and Y. Zenou. The economic consequence of social-network structure. Journal of Economic Literature, 55(1):49-95, 2017.
  • T.A.B. Snijders. Markov chain monte carlo estimation of exponential random graph models. Journal of Social Structure, 3:1-40, 2002.
  • Lomi and P. Pattison. Manufacturing relations: An empirical study of the organization of production across multiple networks. Organization Science, 17(3):313-332, 2006.
  • Lomi and F. Fonti. Networks in markets and the propensity of companies to collaborate: An empirical test of three mechanisms. Economics Letters, 114:216-220, 2012.