ノンテクニカルサマリー

内生的経済成長モデルにおける資産分布の研究

執筆者 平口 良司 (明治大学)
研究プロジェクト 持続的成長とマクロ経済政策
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「持続的成長とマクロ経済政策」プロジェクト

経済成長と不平等との関係についてはマクロ経済学の世界において長く議論がなされてきた。所得の不平等と経済成長との関連については、両者の間に非線形の関係があるとする、いわゆるクズネッツの逆U字仮説がよく知られている。近年、資産分布に関するデータ整備が進んだこともあり、資産の不平等と経済成長とのかかわりについても研究が行われるようになった。下の表は、OECDが公開しているデータをもとに、トップ10%の人が全体の何%の資産を持っているかという数値と1人当たりGDP成長率(過去5カ年の平均)を主要5カ国についてまとめたものである。資産格差の度合いが国によって大きく違うことが見て取れる。本研究において私は、資産の不平等と経済成長とのかかわりについて、教育への投資(経済学でいう人的資本蓄積)という観点に着目して分析した。私は、資産格差と成長の関係を研究するべく、教育水準の高さが経済成長率を決めるような内生的経済成長モデルを構築した。本モデルにおいて発生する資産格差の源泉は、保有資産(株や債券など)から得られる収益率が人によって違うということである。私の構築したモデルにおいて、経済成長の源泉は教育であるが、教育投資の効率性が下がると、人的資本の蓄積をやめ、その代わりに、収益が不確実な実物資産への投資に切り替えるようになる。結果として経済成長率が下がり、同時に不平等度が高まることとなる。この結果は、経済成長率の低下が資産の不平等を生むというピケティの主張と整合的である。しかし、本研究においては、資産収益率が不確実なため、経済成長と資産の格差の関係は複雑で、資産の収益率(r)と経済成長率(g)の差(r>g)のみでその関係を描写できるわけではない。

次に私は、収益が不確実な危険資産に課税し、得られた財源を平等に分配する政策がどのような効果をもたらすかを考察した。相対的に安全な教育への投資が進み、結果長期的な経済成長率が増し、かつ所得分配もより平等になるということが分かった。将来への投資には、住宅投資、株式投資、教育投資などさまざまなものがあるが、もしたとえば金融資産への投資に対する収益率が各個人で大きく異なってきた場合、それらの収益率に課税をし、財源を教育に回すなどの政策は、経済成長率の増加と所得分布の平等化の双方に寄与するであろう。資産課税というのは、資産の把握の面からも現実的に難しい面がある。特に個人が持つ資産からの収益が各個人で異なるせいで格差が発生しているような社会においては、資産課税は成長を促すという観点から有益な面もある。この点で検討に値するものと筆者は考える。

表1:主要国の経済成長率と資産の不平等度
国名
一人当たり実質経済成長率(%) 0.2 0.7 1.4 1.5 1.6
トップ10%の資産保有割合(%) 51 59 41 51 78
(備考)OECDウェブサイトより筆者作成