ノンテクニカルサマリー

「エビデンスに基づく政策形成」に関するエビデンス

執筆者 森川 正之 (理事・副所長)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1.背景

近年、「エビデンスに基づく政策形成」(EBP)の重要性が指摘されており、国際機関や欧米先進諸国では具体的な取り組みが進んでいる。社会科学において政策効果(因果関係)を計測するための計量分析手法が進歩していることが、EBPの必要性に対する関心を高めている面もある。しかし、EBPを進めようとするならば、まずは政策現場でそれが実際にどの程度行われているのか、どのようなエビデンスが使用されているのか、何がEBPを阻害しているのかといったエビデンスを把握する必要がある。

2.調査・分析内容

本稿は、日本におけるEBPの現状に関するいくつかのエビデンスを提示し、EBPの普及・浸透に向けた課題を考察するものである。具体的には、政策実務者・研究者・国民一般を対象に実施した独自のサーベイの結果に基づき、EBPの必要性・実行状況・阻害要因などについての認識・評価に関するエビデンスを提示する。また、政府の白書において学術的な研究成果がどの程度利用されているかを計測し、国際機関や米国の代表的な報告書と比較する。

3.結果と含意

結果の要点は次の通りである。第1に、政策実務者も研究者もEBPの必要性への認識は極めて高いが、政策実務者自身EBPが実行されていないと認識しており、研究者や国民一般はさらに厳しい見方をしている(図1参照)。第2に、EBPの障害として、統計データの解析や学術研究の成果を理解するスキルが十分でないこと、エビデンスと無関係に政策決定が行われること、EBPの慣行や組織風土が政策現場に乏しいことが、異口同音に指摘されている。第3に、国民一般のEBPへの理解は高くないが、高学歴者、特に理科系出身者はEBPの必要性への意識が高い。第4に、日本政府の白書における学術成果の活用は、国際機関や米国の類似の報告書(=国際標準)に比べて十分なレベルではない(図2参照)。以上を総括すれば、日本においてEBPは遅れているが、それは政策実務者がEBPの必要性を認識していないからではなく、さまざまな制約・障害が存在することや、政策形成過程で求められる「エビデンス」の具体的な中身の問題である。

以上を踏まえると、第1に、政策実務者の調査・分析スキルの向上というインフラ整備が重要である。そのための小さな第一歩は、政策文書において参照文献の引用を適切に行うことである。第2に、学者・研究者の政策現場への理解増進が必要であり、少なくとも専門分野に関連する白書や報告書に目を通し、フィードバックすることを期待したい。第3に、政策実務者と学者の交流拡大である。第4に、EBPにとっては良質なデータが不可欠であり、企業や個人レベルのパネルデータの整備、政府統計を含む各種データと政策情報のリンクが重要である。

他方、EBPは万能ではなく、完璧なEBPがありえないことも理解しなければならない。「十分に頑健なエビデンスのある政策だけを行う」というのは現実的でない。予算規模の大きい分野、政府全体の意思決定に係る分野に重点を置いて取り組むことが適当である。また、理論・実証研究を通じて蓄積されたエビデンスから見て明らかに望ましくない政策を「やめる/変える」「やらないようにする」ことが、EBPとして費用対効果が高いと考えられる。

図1:政策実務者と学者・研究者のEBPへの見方
図1:政策実務者と学者・研究者のEBPへの見方
(注)サーベイに基づく集計結果。最低1〜最高4にスコア化した平均値(中位値は2.5)。
図2:内外の白書・報告書における学術論文の利用度
図2:内外の白書・報告書における学術論文の利用度
(注)白書・報告書の参考文献リストに基づいて筆者作成。