ノンテクニカルサマリー

京都議定書と地球温暖化対策という政策の歴史的意義

執筆者 牧原 出 (東京大学先端科学技術研究センター / ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 京都議定書を巡る政治過程の把握と分析に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策史・政策評価プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「京都議定書を巡る政治過程の把握と分析に関する研究」プロジェクト

本プロジェクトは、地球温暖化という争点の起点となる1997年の京都議定書採択をめぐる国内の動きについて、通産省と経済界とに焦点を当てて、そこでの政策の構造と組織の戦略とについて再検討した。

1.明らかになったこと

関係者への聞き取りを重ねた結果浮かび上がったのは、通常EUの政策構造について言われる「マルチ・レヴェル・ガヴァナンス」が典型的にあてはまるという特徴である。そこでは国連、日本政府、経団連、業界団体、企業の複層的な構造の中で、強制力なき協調行動によって、合意が形成され、温暖化ガスの排出削減が実行された。

このような動きの中で、産業政策のあり方も変質を迫られることとなった。従来の産業政策においては、個別業界とこれを所管する通産省の原局原課との間の相互作用の中で、産業政策が展開され、個々の産業政策は、10年毎の「ビジョン」として統合された。ところが、地球温暖化問題への対応においては、合意形成が複層的な構造の中で形成されたことに加えて、その各層の中でグローバルな連携が見られ、各業界においても国際的なアライアンスが形成されてセクター毎の取り組みが行われた。このようにして、グローバル化の中で、日本固有の産業政策を国内事情のみによって形成することが困難になり、通商政策と産業政策とがマルチ・レヴェルのガヴァナンス構造を通じて結合していくこととなり、これが21世紀的な経産省の行政の特質となっていく。

その当初の組織戦略としては、マス・メディアへの操作的な情報発信、結節点の多重的な確保、省庁編成における集権化といった諸策が有効であった。

2.今後の経済産業政策への示唆

京都議定書採択以来、通産省・経産省は、対外的な連携の困難を抱えつつ、地球温暖化政策を形成するという状況の中にある。グローバル化の中で形成されたマルチ・レヴェル・ガヴァナンスの中では、業界団体、NGOと比べて、対外的な連携が難しい通産省・経産省は不利なポジションにある。これを打開するには以下の3点が重要である。

まず第1に必要なのは、政策的価値の体系化である。環境対策の技術基準は絶え間なく進歩している現状では、こうした政策の体系化を絶えず進めていくことが不可欠であろう。

第2に、対外的な連携が容易ではないとしても、対外的戦略の練り直しは常に心がけなければならない。たとえば強制力を外してゆるやかな合意形成を進めるというAPECでの経験を活用すべきである。パリ協定の実施という今後の局面において、こうしたモデルをより具体化しつつ、対外戦略を練ることも重要な作業である。

第3にマス・メディア対策である。COP3のプロセスでは、マス・メディア対策は困難を極めたが、その後の20年近い経験を経て、日本のマス・メディアでは、経済政策としてのCOPという側面への理解が深まりつつある。野心的な削減目標のためには、技術革新が必要であり、そこへ投資を呼び込む必要があることが共有されつつあるCOP21は、地球温暖化対策の経済政策的側面をさらに共有させる契機でもある。政策担当者は、今後組織的にマス・メディアの活用を考えるべきであろう。

3.歴史からの学習の重要性

総じて、高度経済成長と重厚長大産業主導の経済成長を特色とする第二次世界大戦後において、産業政策では、通産省主導で新しいモデルを考案する「ビジョン」行政が有益であり、そこでは必ずしも歴史は重視されなかった。だが、「ビジョン」構築が省のミッションではなくなったグローバル化の中では、他国からの学習が重要であるのと同等に、過去の政策史から成功要因を引き出すことも重要である。21世紀の経済産業政策では、歴史からの学習はきわめて有意義である。