ノンテクニカルサマリー

EUにおける国家補助規制の正当化原理とその意義の広がり

執筆者 青柳 由香 (横浜国立大学)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期)」プロジェクト

本稿は、EUにおける国家補助規制がどのような理由で導入されているかを明らかにすることを目的とする研究である。

国家はさまざまな政策目的を達成する手段の1つとして事業者や個人に対してさまざまな形態で補助を供与するという手法を採用しており、EU加盟国もその例外ではない。これに対し、EU国家補助規制は、加盟国による補助の付与が域内市場の有効な機能を損なうため、条約という超国家的なレベルのルールを適用することにより、加盟国が付与する補助に対して一定の規律を課すものである(以上、図を参照)。

国家補助規制において規律される補助に当たるには、特定の事業者が何らかの経済的便益を受けていれば足り、したがってその形態としては、たとえば、いわゆる補助金のように国家の資産を事業者に移転するような場合だけではなく、事業者の租税の軽減や免除、国家保証なども含まれる。したがって、加盟国が事業者に対してそのような補助を付与しない場合には国家補助規制の規律を受けることはないということが理論的にはありうるが(図の一番右側の加盟国)、実際には、上述のように補助はきわめて広い概念であるので、加盟国が政策を実現するために採用する立法等を通じた措置のうち補助に該当するものが全くないということはまずないものと考えられる。

さまざまな政策実現のための手段として補助を付与する行為は国家の主権に基づくものであると考えられる。したがって、これを規制する事は国家の主権に基づく政策実現の手段の選択の余地を縮減することに他ならない。そのような強い制限をもたらす規制の導入がEUにおいて実現した背景にある規制の正当化原理はいかなるものであろうか。

歴史的には加盟国間の通商政策的な目的が意図されつつも、域内市場における競争政策としての目的に収束したという経緯が見いだされる。しかし、規制の目的としては、学説等においては両者にくわえて政治的な性質、とりわけ国内レベルの民主主義を補完する効果、およびEUレベルの経済政策統合を実現する効果の2つが指摘されている。このように指摘される4つの規制目的のうち、欧州委員会および欧州司法裁判所等の実務では、国家補助規制は競争政策として運用がなされてきた。しかし、2000年代以降、欧州委員会の政策文書などにおいて、国家補助規制を競争政策的な目的の下で運用することを通じて、反射的にEUの経済政策の実現が図られるという指摘がみられるようになった。すなわち、競争政策としての国家補助規制の運用が、EUの経済統合政策の間接的な手段としての役割も期待されるようになっているといえる。

図