執筆者 | 関根 豪政 (名古屋商科大学) |
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研究プロジェクト | 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期)」プロジェクト
議論の背景とGATTにおける国有企業規制の不十分性
近年、国有企業が国際貿易に与える影響に注目が集まっている。たとえば、国有企業が行う商取引における価格設定が、民間企業ではおよそ実現できない価格とされることにより、輸出業者がその国有企業のホーム国の市場にアクセスできない、といった問題が懸念されている。1947年に作成された「関税と貿易に関する一般協定」(GATT)では、この問題に対して、国有企業に2つの条件を課す形で対応している。すなわち、(1)国有企業は商取引において、取引相手国の間で差別を行ってはならない、(2)「商業的考慮」に基づいて商取引を行わなければならない、の2つである(GATT第17条)。
しかしながら、このGATT第17条については、懐疑的な見解が多く示されてきた。とりわけ問題視されるのが、差別的な商取引に限って、商業的考慮の充足性が求められる点、そして、輸出入と関係の薄い国有企業の取引についてはGATT第17条の射程外とされる点である。このようにGATT第17条の適用機会が限定的に把握されることにより、多くの論者からはその実効性が疑問視され、また実際に、当該条項は実務で利用されることの少ない「冬眠状態」に陥ることとなった。
国有企業規制に対する立法的解決の試み
そのような状況の中で、最近は、GATT第17条自体を改正するのではなく、世界貿易機関(WTO)に加盟する際の約束事項を纏めた文書(加盟文書)や自由貿易協定(FTA)を通じて、GATT第17条を修正する試みが見られるようになっている。
(a) 加盟文書
WTOの加盟文書では、一般的に、物品の貿易に限定されているGATT第17条の適用範囲がサービスにも拡大される傾向が見られる。加えて、無差別待遇に関する記述が商業的考慮とは併記されなくなっているため、後者が独立して適用される構造を有している。また、中国のWTO加盟文書では、商業的考慮が求められる取引が、輸出入とは直接関係のないものにまで拡大されている。
(b) FTA
国有企業(指定独占企業)について規制を明確に導入した先駆的な協定である北米自由貿易協定(NAFTA)では、非差別的であるがゆえに商業的考慮の適用が除外される範囲が明示されており、それ以外については、輸出入とは無関係に商業的考慮が求められる規律構造となっている。さらに、適用範囲がサービスの取引にまで広がっており、投資家の投資財産がNAFTA規律の恩恵を受けられることが明示されている。その後の米国が締結したFTAにおいては、米国・シンガポールFTAを除いてNAFTAの規定方式が踏襲されている(米国・シンガポールFTAについては下表参照)。
EUが締結したFTAにおいては、近年、商業的考慮の概念を導入する傾向が見られ、EU・カザフスタンEPCA(Enhanced Partnership and Cooperation Agreement)や EU・カナダ包括的経済貿易協定(CETA)などでは、上述のNAFTAと類似した特徴が確認されるようになっている。
そして、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定でもNAFTA等を基礎とした規律アプローチが採用されるに至っている。
協定・文書名 | 無差別待遇との関係 | 商業的考慮の範囲 |
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GATT第17条 | 商業的考慮の適用の前提 | 輸出入を伴う取引 |
中国WTO加盟文書 | 商業的考慮とは併記されず | 輸出入と無関係に適用 |
ロシアWTO加盟文書 | 同上 | 国際貿易における取引 |
NAFTA (※指定独占企業) |
一部の非差別的措置には商業的考慮は適用されず | 輸出入と無関係に適用 |
米国・シンガポールFTA (※シンガポールの政府企業のみ) |
原則、商業的考慮と重畳適用 | 同上 |
EU・カザフスタンEPCA | 一部の非差別的措置には商業的考慮は適用されず | 同上 |
CETA | 同上 | 同上 |
TPP | 同上 | 同上 |
まとめと今後の課題
このように、WTO加盟文書やFTAにおいては商業的考慮が無差別原則とは分離されるようになっており、かつ、その適用範囲が拡大する傾向が確認される。TPP協定の規律はその潮流の1つの到達点であり、国際的な動向をある程度収斂させる場として機能している。しかし、商業的考慮の要請が拡大するに伴い、国有企業が有する社会経済的機能を維持するための仕組みが必要とされており、それに対する適切な対処が今後のFTAの課題となりつつある。そして、我が国においては、TPP協定以前は一部を除いてFTAに国有企業規制を導入してこなかったことを踏まえると、TPP協定の規律が今後のFTAにおける基軸になると考えられ、また、TPP規律を踏襲していくことは国際的な規律の均質化の面でも好ましい。ゆえに、その維持および拡散に努めるべきと考える。中国など国有企業が貿易に大きな影響を及ぼしている国とのFTAでは、革新的なTPP規律を全般的に移植することは難しいため、TPP規律の全てが必ずしも普遍的に拡散されていく確証はないが、すくなくとも商業的考慮の概念については、GATTにおける同概念の拡充に成功しているTPP規律を基礎に展開させていくことが望まれる。