執筆者 | 渡邉 真理子 (学習院大学) |
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研究プロジェクト | 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期)」プロジェクト
中国の鉄鋼およびアルミニウム、セメント、ガラスなどいくつかの産業の過剰生産能力の存在は、現在国際的な懸念を呼んでいる。本稿の注目する鉄鋼産業では、中国は圧倒的な生産能力を誇り、さらに一定水準以上の品質と価格競争力を備え、強い競争力を持つに至っている。一方で、大気汚染の原因であり、国内で過剰に生産された鉄鋼が低価格で海外輸出に振り向けられ、輸入国側の鉄鋼産業の経営を追い詰めているともいわれている。
そうした安価な鉄鋼製品の輸出が、補助金の存在に支えられているものである場合、WTOの補助金協定上の争点になりうる。赤字にも関わらず生産を継続しているとき、コスト割れでの生産を続けることで、市場での価格競争を過度に進めている可能性がある。それが、輸出に振り向けられていた場合、輸出先の市場の競争を歪曲する効果も持つ。
本稿では、補助金が鉄鋼産業の競争にどのような影響を与えているのかを検証した。具体的には、上場している鉄鋼産業の財務データをもとに営業利益と政府などからの救援の規模を示す補助金もしくは非営業収入との関係を検証した。主な発見は、以下のとおりである。
(1)鉄鋼産業の中でも規模が大きく、歴史的にも産業を支える戦略的な企業と考えられてきた、鞍山鋼鉄、武漢鋼鉄、宝山鋼鉄は、営業収益の水準に比して、受け取っている補助金や非営業収入の規模が桁違いに小さい。このため、補助金、非営業収入は、こうした企業の延命装置にはなっていない。
(2)この3つの戦略的企業を除いたサンプルを、国有企業と非国有企業に分けると、政府からの補助金やその他非営業収入が企業の存続に与える影響には、非常にはっきりした違いがある。国有企業の中には営業収益の赤字を補填するに足る補助金もしくは非営業収入を得ている企業がある。一方で、民営企業の場合は、営業収益が継続的に続いている事例は少ない。
(3)サンプルを国有企業と非国有企業に分け、双方について、「営業収益を上回る非営業収入を受け取り、さらに営業収益と非営業収入の和がプラスに転じる」という救済措置を受けた企業があった。この「救済策」が、その後の営業収益にどのような効果をもたらしたのかを検証した結果、国有企業の場合は、翌年も営業赤字での生産活動を継続しているのに対し、非国有企業は営業収益の悪化を防ぐ手立てをとっていると思われることが分かった。図1は、上記の定義での救済を前年に受けた国有企業と非国有企業の営業収益の分布を示したものである。非国有企業は、営業収益をなんとかゼロもしくはそれ以上に反転させているが、国有企業は赤字を継続する傾向が強いことが見て取れる。この傾向が実際に統計的に検証できるか、を、差と差の検定を使って検証したところ、救済を受けた国有企業は、平均で、受け取った非営業収入の2.6倍の営業赤字を翌年に記録していたことが分かった。

(4)この救済策を受けて、赤字にもかかわらず生産を続けた企業の粗鋼生産量を「過剰生産量」と定義し、上場企業全体について集計した。2008年から2015年の期間にかけては、2014年に1億2091万トンがピークとなっていた。
単位:万トン | 2008 | 2009 | 2010 | 2011 | 2012 | 2013 | 2014 | 2015 |
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凌源鋼鉄 | 521 | 514 | ||||||
寧夏恒力鋼糸 | 粗鋼生産なし | 粗鋼生産なし | ||||||
安陽鋼鉄 | 1,088 | |||||||
宝山鋼鉄 | 1,747 | |||||||
山東鋼鉄 | ||||||||
広東韶関鋼 | 547 | 628 | ||||||
撫順特殊鋼 | ||||||||
新余鋼鉄 | ||||||||
新興鋳管 | 397 | |||||||
本渓鋼鉄板材 | 1,683 | 1,626 | ||||||
杭州鋼鉄 | 325 | |||||||
柳州鋼鉄 | 1,073 | |||||||
武漢鋼鉄 | 5,676 | 4,437 | ||||||
湖南華菱鋼鉄 | 1,411 | 1,764 | 1,411 | |||||
甘粛酒鋼鉄 | 1,010 | |||||||
莱蕪鋼鉄 | 1,411 | |||||||
西寧特殊鋼 | 144 | 141 | ||||||
重慶鋼鉄 | 603 | 559 | 552 | |||||
馬鞍山鋼鉄 | 1,734 | 1,890 | 1,734 | |||||
合計 | n.a. | n.a. | 0 | 2,561 | 4,892 | 9,512 | 12,091 | 5,540 |
出所 粗鋼生産量は、中国鋼鉄工業統計の2009年から2016年版より入手。 |
以上の発見をまとめると、2008年から15年にかけて、中国鉄鋼業全体の収益が悪化している期間、3つの戦略性企業(宝山、武漢、鞍山鋼鉄)を除いた企業について、一部営業収益を上回る救済策を受けた国有企業は、営業赤字を継続する傾向があることが分かった。こうした企業が赤字継続期間に生産した鉄鋼は、過剰生産だったと考えることができるだろう。こうした「過剰生産量」がどのくらい輸出に回され、相手国の鉄鋼産業に打撃を与えたのかは、本稿では確認できなかった。今後の課題である。さらに、本稿で行った差と差の分析は、国有企業、非国有企業の間で、救済策以外の条件に大きな違いがないことが前提となっている。この前提を満たすことがなくても、今回の結果と同じ傾向を確認できるかどうか、需要および企業行動を特定化して描く構造推定の方法をもちいた分析を行うことで確認したい。