ノンテクニカルサマリー

本社機能とスキル偏向的技術変化

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「無形資産投資と生産性 -公的部門を含む各種投資との連関性及び投資配分の検討-」プロジェクト

企業が非正社員を増やすときに、同時に正社員に対する需要も高まっているかについては我が国において研究が蓄積されており、実証研究の成果はともに労働需要を高めているという補完関係にあることが示されている(原(2003)、山口(2011)、Yamaguchi(2012))。本稿は、これらの研究成果を踏まえて、正社員を、本社機能を持つ従業者と現業のフルタイムに区分し、本社機能従業者、現業部門のフルタイム従業者、パートタイム従業者の間で補完関係と代替関係のどちらがあるかを明らかにしている。

経済産業省『企業活動基本調査』を用いた推計によれば、本社機能従業者と現業フルタイム従業者は90年代の後半から減少傾向にあり、特に製造業では現業フルタイム従業者の減少がみられる。一方で、本社機能従業者の役割は90年代以降、管理的役割(総務・人事などの部門)から起業家的役割(企画調査・研究開発などの部門)に移行が進んでいる傾向も確認された。

Bearman, Bound and Griliches (1994) などの研究で採用されている「スキル偏向的技術変化」の分析枠組みを用いて本社機能従業者の規模と現業フルタイム・現業パートタイムのコストシェアの関係を推定した結果、全ての事業所数規模を対象にした推定結果からは安定的な結果が得られなかった一方で、事業所が1つのみである企業に限定した推定によれば、本社機能従業者の規模が大きい企業において、現業フルタイムに対する需要(コスト)が相対的に低下、現業パートタイムに対する需要(コスト)が上昇するという結果が得られた。その傾向は、管理的役割における本社機能従業者で強く確認されている(図表参照)。

単一事業所に限定した場合に安定的な推定結果を得られた背景には、『企業活動基本調査』において本社機能従業者数は本社に勤務する者に限定されるため、(語義矛盾はあるが)支社・支店に勤める本社機能従業者は、その人数を把握することができず、現業フルタイム従業者に含まれるという推計上の課題があるためであると考えられる。

本社機能従業者の拡充は、管理的役割において企業の生産性を高めることは、Morikawa (2015)より明らかになっている。本論文の分析結果からは、本社機能の拡充による生産性上昇は、現業部門におけるフルタイム従業者からパートタイム従業者への置き換えが進むことが背景にある可能性が示唆される。このことから、本社機能従業者、現業部門のフルタイム従業者、パートタイム従業者の得ている収入の違い(本文の図表5を参照)を考慮すると、本社機能の拡充により、他のスキル偏向的技術変化を用いた研究で問題視されているような、所得の二極化がすすむことが懸念される。また、海外展開や複数の事業に参入をする企業においては、本社機能の拡充が求められる。その点を踏まえ、人材を育成する上で、専門的知識を必要とする起業家的役割の本社機能従業者を育成するような教育体制・配置転換をすすめることが求められる。その為には、起業家的役割である本社社員に求められるスキルの明確化と社会への浸透を目的とした情報発信が必要であると考えられる。

ただし、この分析結果は、前述のとおり事業所が1つのみであるという、特に非製造業部門において偏りのあるサンプルの推定結果であることは留意する必要がある。

図表:本社機能従業者が現業従業者全体におけるフルタイム労働者のコストシェアに与える影響
(事業所が1つの企業に限定した推計)
図表:本社機能従業者が現業従業者全体におけるフルタイム労働者のコストシェアに与える影響
注)本社機能従業者は自然対数値を使用。50≦L<100は常用の従業者規模が50人以上100人未満であることを示す。グラフは本文の図表7-1の推定結果から作成。
文献
  • 原ひろみ (2003) 「正規労働と非正規労働の代替・補完関係の計測 ―パート・アルバイトを取り上げて」日本労働研究雑誌』, No. 518, pp. 17-30.
  • 山口雅生 (2011) 「正社員と非正社員の代替・補完関係に関する 計量分析社員」『日本経済研究』 No. 64, pp. 27-55.
  • Berman, E, Bound, J and Griliches, Z (1994) "Changes in the Demand for Skilled Labor within U. S. Manufacturing: Evidence from the Annual Survey of Manufactures," The Quarterly Journal of Economics, 109(2), pp. 367-97.
  • Yamaguchi, M (2012) "An Empirical Analysis of the Relationships of Substitution and Complementarity Between Regular and Nonregular Employees in Japanese Firms," The Japanese Economy, 39(1), pp. 3-47