ノンテクニカルサマリー

資源大国のカザフスタン 〜そのSOEに対していかなる国際経済法的規律が導入されているのか?〜

執筆者 ウミリデノブ アリシェル (名古屋大学)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期)
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期)」プロジェクト

テレビやアカデミックな議論の中で、中国の膨大な国有企業(State-Owned Enterprises: SOEs)、また日本と経済関係が強い東南アジア諸国(マレーシアまたはベトナム)のSOEsのさまざまな行動が取り上げられる。しかし、数多くの日本企業が進出しており、市場経済移行国として発展している中央アジア諸国のSOEs、中でも資源大国であるカザフスタンのSOEsの議論はほとんどされていない。

カザフスタンでは、大規模民営化を行ったにも関わらず、その経済においては国有企業のウェイトがまだ大きく、SOEsの管理下の財産は、カザフスタンのGDPの半分を占め、労働力の3割以上がSOEsによって雇われている。「サムルク・カズィナ」政府系ファンド(Samruk Kazyna)は、総資産が1000億ドル近いカザフスタンの戦略的な大企業を管理している。2014年には、Samruk-Kaznyaは政府系ファンド国際フォーラム(International Forum of Sovereign Wealth Funds: IFSWF)の正式メンバーとなり、2017年の次回IFSWFはカザフスタンの首都アスタナ市で行われる予定である。Samruk-Kaznya以外にも、カザフスタン政府は、農業分野にはKazAgro国営管理ホールディング、金融・不動産開発分野にはBayterek国営管理ホールディング、情報通信分野にはZerde国家情報通信ホールディングおよびParasat国家科学技術ホールディングを設立している。また、エネルギー分野のような重要な経済分野においては、SOEsは主導的な立場に立っている。

加えて、カザフスタンの対外直接投資も近年増加傾向にある。たとえば、2004年から2012年までにカザフスタンから334億ドルが国外に投資された。カザフ政府の明確な国外進出政策の影響のもとで、2005年以降、カザフ企業(資源関係国有企業を含め)は国外進出(特に、東ヨーロッパ市場)を活溌化している。以上のSOEsの国内経済におけるプレゼンスおよび活発な国外進出状況に照らせば、カザフSOEsが法的にどのように規制されているか、果たして中立的に行動しているのか、について検討が必要となる。これらの検討に加え、カザフスタンSOEsの国内法的・国際法的枠組みを明確にし、カザフスタンの国内市場において自由競争を歪めるものに対する規制が足りない分野を明確にすることが、本稿の目的である。

本稿の結論は以下のとおりである。

  1. まず、検討の結果、カザフ市場を歪曲するSOEsに対する国家の支援としては、次のような措置が付与されていることが明確となった。カザフSOEsに対する予算制約はソフトであり、損害を被ったあるいは破産に直面する場合には、国家から追加的な資金調達ができる(政府によるローン・資金への有利なアクセス)。法律上、民間企業とSOEsは、同等な立場であっても、実際は、カザフSOEsは民間企業に比べ、天然資源、市場、クレジットおよびライセンス(許可)などに有利なアクセスを持っていると批判されている(国有企業に対する不当な優遇措置)。 数多くの経済分野において未だに自由競争が行われていない状態となっている(数多くの指定独占企業と自然的独占企業の存在)。中央政府が、いくら法の支配や経済の自由化を訴えても、地方政府から民間企業や外国企業に対し圧力がかかる、あるいは、法律に従わない行動が頻繁にあるため、地方公共企業の利益が優先される可能性がある(地方政府と中央政府の間の乖離)。 Samruk-KaznaはOECDの企業の社会的責任に関するガイドラインを受け入れることを公表しているが、実際は、そのガイドラインを実施していないSOEsも多く、公的資金の使い方や行き先についても十分な情報はない(透明性の欠如)。
  2. 次に、カザフスタンは名目上国家補助に対して競争法の適用を認めているが、今日までに10回以上組織再編の対象となった結果、競争委員会は独立的な立場になく、国家補助規制が如何に実効的になされているのか、疑問である。2014年に競争保護当局と自然独占規制当局は合併され、経済省の元におかれたことも競争委員会の独立性に悪影響を与えており、OECDは、当該合併を「経済規制当局による競争庁の買収」(acquisition of the competition authority by the economic regulator)と解釈している。
  3. 他方、カザフスタンは2015年にユーラシア経済連合協定(EEU)に加盟し、また同年WTOに加盟し、EUとも新しい拡大パートナーシップ協力協定(EPCA)を結んだ。特筆すべきは、カザフスタンが適用する価格規制についてWTO加盟議定書において約束を行い、EUとの拡大パートナーシップ協力協定においてはSOEsを規律する特別章を設けることで、カザフスタンがそのSOEsに関する国際経済法的規律を飛躍的に強めたことである。ただ、これらの条約を国内的に実施しつつ、市場開放により外国から入ってくる新しい市場競争者と国内産業との調整を行うのに、一定の期間が必要であろう。
  4. カザフスタンと経済連携協定あるいは自由貿易協定を交渉する際には、カザフスタンに特有な現象である数多くの指定独占企業と自然的独占企業の存在を十分考慮する必要がある。上記の問題に関しては、エネルギー憲章条約やEPCAの競争ルールは紛争処理の対象外になるが、EEUおよび投資協定(IIA)の規定またはその規定の改善を通じて当該政策運営の外部審査は可能であり、競争法・政策の恣意的または差別的な運用に対して、今後、外国企業による対投資受入国紛争解決制度の積極的な利用を期待したい。
図