ノンテクニカルサマリー

生産予測の不確実性:製造企業のミクロデータによる分析

執筆者 森川 正之 (理事・副所長)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1.背景と分析内容

グローバルな経済・金融危機、欧米主要国の政権交代に伴う政策変更、大規模自然災害といった内外経済の不確実性の増大とその影響に対する関心が高くなっている。先行きの不確実性は、「様子見」(wait-and-see)効果を通じて、企業行動、特に設備投資、従業員の採用といった長期の投資に対してネガティブな影響を持つ。

本稿では、月次の統計調査である「製造工業生産予測調査」(経済産業省)の生産予測と、事後的な実現値に関するミクロレベルの定量的な情報を使用し、日本企業の生産見通しの不確実性に関する実証的事実を提示する。企業レベルでの月次の定量的なデータを用いた不確実性の計測は、おそらく世界で初めてのものである。

2.分析結果と含意

第1に、製造工業集計レベルと個別企業の動きは異なり、集計レベルで生産が予測より下振れした時にも上振れした企業が多数存在するなど、企業間の異質性が顕著である。

第2に、企業の生産予測に比べて実績値は下振れする傾向があり、全サンプルの平均で-2%強の下振れである。時系列的に見ると、生産予測の不確実性は世界経済危機時、東日本大震災時に大幅に増大した(図1参照)。それ以外の時期は比較的落ち着いた動きが続いていたが、世界経済危機前と東日本大震災後とを比較すると、平時においても最近の方がやや不確実性が高くなっている。

第3に、業種別には情報通信機械、電気機械、電子部品・デバイス、はん用・生産用・業務用機械の不確実性が高く、財別には、資本財の不確実性が高い。規模別には、生産規模が小さい企業ほど予測精度が低い傾向がある。

第4に、景気循環との関係を見ると、企業の生産予測の不確実性は、不況期に大きい傾向がある。企業レベルの情報に基づく先行き不確実性の指標は、「全産業活動指数」(IAA)で見たマクロ経済の変動に先行する関係にあり、この関係は公表されている集計レベルの統計からは確認されない。すなわち、企業レベルの予測誤差の情報は、景気の先行きを見極める上で貴重な情報を含んでいる。景気判断に携わる政府部局においては、景気局面の変化を注視すべき局面で、集計レベルの実現率や予測修正率だけでなく、個別企業の予測誤差の分散が拡大しているかなど企業レベルでの分布情報にも注目することが有用である。

第5に、過去の生産のヴォラティリティが高いほど、先行きの不確実性が高くなる傾向がある。この結果は、時系列のヴォラティリティが、企業の直面する不確実性の代理変数として利用可能なことを示唆している。

第6に、日本の製造業の生産予測の不確実性は、新聞報道件数に基づく政策の不確実性指標(EPU)と正の相関を持っている(図2参照)。日本のEPU指標だけでなく、世界や米国のEPU指標とも高い相関を持っており、特に電子部品・デバイスをはじめ海外の政策不確実性との関連の方が強い業種もある。日本の製造企業が、日本自身だけでなく海外主要国における経済政策の不確実性の影響を受けていることを示唆している。

図1:生産の不確実性指標の動向
図1:生産の不確実性指標の動向
(注)不確実性指標(MEANABSFE, FEDISP)についての詳細は論文参照。
図2:日本企業の生産予測の不確実性と「政策の不確実性」(EPU)指標の相関係数
図2:日本企業の生産予測の不確実性と「政策の不確実性」(EPU)指標の相関係数
(注)EPU指標について詳しくはBaker et al. (2016)参照。