ノンテクニカルサマリー

経済危機が雇用と生産性のダイナミックスに与えた効果の分析

執筆者 池内 健太 (研究員)/金 榮愨 (専修大学)/権 赫旭 (ファカルティフェロー)/深尾 京司 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

日本経済は1991年バブル経済崩壊という大きなショック以降に記録的な低成長を経験し、それ以降の期間は「失われた20年」と呼ばれるようになった。ただ、バブル経済崩壊という1つのショックだけで日本経済が長期低迷に陥ったわけではなく、「失われた20年」の間にも4つの大きなショックが日本経済を襲った。4つの大きなショックとは、1998年の金融危機・アジア通貨危機、2001年のITバブル崩壊、2008年のリーマンショックに端を発する世界金融危機および2011年の東日本大震災である。

海外のデータを用いた先行研究では、経済危機下では、生産性の低い企業が縮小・退出する一方で、生産性の高い企業が拡大・参入することにより、資源再配分、つまり経済の健全な新陳代謝機能が強化され、経済全体の生産性が上昇するとの指摘がある。しかしながら、日本経済が経験したこれら全ての経済危機を対象にして生産性や雇用ダイナミクスに与える効果を実証分析した論文は我々が知る限り存在しない。そこで、本論文では、『工業統計調査』の個票データを用いた生産性動学分析と雇用成長率の決定要因の分析をおこない、経済危機が生産性や雇用のダイナミクスを通じて資源再配分を促進しているかどうかについて検証した。

まず、産業全体の生産性上昇における、労働生産性の低い事業所から高い事業所への労働移動といった資源再配分の効果の寄与を抽出するために生産性動学分析を行った。先行研究にしたがって、生産性動学分析では、産業全体の労働生産性の上昇率を、(1)内部効果:各事業所の生産性上昇、(2)シェア効果:相対的に生産性の高い事業所のシェア拡大、(3)共分散効果:生産性を伸ばした事業所のシェア拡大、(4)参入効果:相対的に生産性の高い事業所の新規参入、(5)退出効果:相対的に生産性の低い事業所の退出、が産業全体の生産性を上昇させる効果の5つの要因の寄与に分解した。生産性動学の分析結果(図1)によれば、経済危機直後は平常時と比べて、内部効果の寄与が小さくなっているのに対し、シェア効果のプラスの寄与が大きくなるが、共分散効果はほとんど変化していないことがわかる。これらの結果は、日本の製造業において経済危機は洗浄効果により産業内の新陳代謝機能を促進したことを示している。

図1:経済危機直後と平常時の生産性動学分析の各要素の平均値の比較(年率)
図1:経済危機直後と平常時の生産性動学分析の各要素の平均値の比較(年率)
注)「その他」の効果は業種転換効果(スイッチイン・アウト)およびデータ上の一時的な参入退出(観測されなくなった工場とその復帰)の効果を含んでいる。経済危機直後は1991-1992年、1997-1998年、2000-2001年、2007-2008年の時期とした。

次に、日本の製造業における事業所のタイプを存続、参入、退出に分けて、雇用成長率の寄与を分解した。図2の分析結果をみると、経済危機の時期に雇用喪失が大きく、その大きな雇用喪失は主に存続事業所の雇用減少と新規参入事業所の減少に起因していることが確認できる。一方、事業所の退出による雇用減少は、平時にもかなりの規模で生じており、経済危機時における雇用減少の支配的要因にはなっていないことがわかる。

図2:雇用成長率の要因分解(単位:千人)
図2:雇用成長率の要因分解(単位:千人)

そこで、経済危機の時期の産業全体での雇用喪失に大きく寄与している存続事業所を対象として雇用成長率の決定要因の回帰分析を行い、経済危機後に労働生産性が高い事業所ほど雇用を増加させているかどうか、つまり経済危機後に資源再配分が起きたかを検証した。分析結果から、経済危機下では平時に比べて、生産性が高い事業所が雇用を拡大する傾向が強くなることが確認された。

上記のように、本研究の分析結果は、日本の製造業では、市場の新陳代謝機能による再配分効果が経済危機以降に大きくなる傾向を示しており、経済危機は再配分効果を促進する可能性があることがわかった。一方、経済危機による正の再配分効果は持続的ではなく、このことは、市場競争メカニズムを強化するための補完的な制度改革の必要性も示しているといえる。