ノンテクニカルサマリー

政策の不確実性と消費・貯蓄行動

執筆者 森川 正之 (理事・副所長)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1.背景・目的

最近、日本における個人消費の動きは、雇用情勢の改善にも関わらず芳しくない。消費統計がインターネット購買の増加をはじめとする構造変化の下で消費実態を十分捉えていないとの見方がある一方、税制や社会保障制度の先行き不透明感が消費拡大を抑制しているという議論も頻繁に聞かれる。しかし、この点に関するエビデンスを目にすることは意外なほど少ない。

近年、「政策の不確実性」が、マクロ経済や企業の投資行動に及ぼす影響について多くの研究が行われるようになっている(展望論文としてBloom, 2014)。日本企業を対象とした実証研究としては、Morikawa (2016a,b)が、企業に対するサーベイ・データを用いた分析を行い、税制、社会保障制度、通商政策などの先行きに関する不確実性が、企業の設備投資、従業員の採用といった経営上の意思決定に大きな影響を持つことを示している。

このほか、RIETIにおける政策の不確実性に関する研究を挙げると、伊藤 (2016)が、独自に構築した「政権運営の不安定指数」を使用してマクロデータでの多変量自己回帰(VAR)モデルを推計し、この指数で見た政策の不確実性が高まると、設備投資や住宅投資だけでなく耐久財消費にも負の影響が生じることを示している。また、Kitao (2016)は、年金制度の不確実性が経済厚生に及ぼす影響を分析している。このように、「政策の不確実性」は、経済学における先端的な研究課題となっている。

企業の投資行動と同様、政策の不確実性は、耐久消費財の購入など消費に対しても「様子見(wait-and-see)」効果を持つ可能性が高い。将来所得や雇用の不確実性が貯蓄志向を強めるという予備的貯蓄動機の重要性を示す研究は多いが、「政策の不確実性」が家計消費に及ぼす影響についての研究は少ない。以上のような状況を踏まえ、本稿は、独自のサーベイによって収集した1万人のサンプルを使用して、この点に関する実証的事実を提示する。

2.分析結果と政策含意

分析結果によれば、個人にとって(1)年金制度、(2)介護保険制度、(3)医療・医療保険制度などの先行き不確実性が高い(図1参照)。企業に対するサーベイの結果(Morikawa, 2016)と比較すると、個人の方が政策の不確実性を強く意識している。政策の先行き不確実性は生活に大きく影響しており、特に社会保障制度に関してそうした認識が強い。

社会保障制度や税制の先行きに関する不確実性は、予備的動機に基づく貯蓄志向を強めている。これら制度の先行きに対して「非常に不透明感がある」人は、「あまり不透明感はない」人と比べて、消費を抑制している確率が7%〜8%高い。不確実性の消費・貯蓄行動への影響は高所得層では比較的小さく、税制や社会保障制度の不確実性が低所得者に強く働く逆進的な性質を持っていることを示している。

これらの結果は、社会保障制度や税制の中長期的な見通しを良くすることが、消費拡大に結び付くとともに不平等感の低減に寄与する可能性を示唆している。中長期的な政策の先行き不確実性を低減していく上では、経済成長率、財政収支をはじめとする各種「数値目標」のクレディビリティを高めていくことも重要である。

図1:各種制度・政策の先行き不確実性
図1:各種制度・政策の先行き不確実性
図2:税制・社会保障制度の不確実性により消費を抑制している人の割合
図2:税制・社会保障制度の不確実性により消費を抑制している人の割合
参照文献
  • Bloom, Nicholas (2014), "Fluctuations in Uncertainty," Journal of Economic Perspectives, Vol. 28, No. 2, pp. 153-176.
  • Kitao, Sagiri (2016), "Policy Uncertainty and the Cost of Delaying Reform: A Case of Aging Japan," RIETI Discussion Paper, 16-E-013.
  • Morikawa, Masayuki (2016a), "What Types of Policy Uncertainties Matter for Business?" Pacific Economic Review, Vol. 21, No. 5, pp. 527-540.
  • Morikawa, Masayuki (2016b), "How Uncertain Are Economic Policies? New Evidence from a Firm Survey," Economic Analysis and Policy, Vol. 52, December, pp. 114-122.
  • 伊藤新 (2016), 「政府の政策に関する不確実性と経済活動」, RIETI Discussion Paper, 16-J-016.