ノンテクニカルサマリー

日本卸電力取引所の非流動性

執筆者 池田 真介 (小樽商科大学)
研究プロジェクト 電力システム改革における市場と政策の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「電力システム改革における市場と政策の研究」プロジェクト

本稿では、金融市場で用いられてきたさまざまな流動性尺度が、電力市場の特質を把握する際にも有益であることを論証し、また、世界の多くの卸電力前日市場で事後的に公表される取引量と約定価格だけでそれら尺度の推定が可能であることを、コールオークション市場での入札の理論的なモデルに基づき示した。上記のようにして得られた種々の流動性変数の関係が以下に示されている。

表

なお、OLSは最小二乗法、FEは固定効果法、DPは動学パネル回帰法での推定結果を示しており、PIは取引量価格弾力性の逆数、SCは取引費用、MVは取引の経済価値を示している。この対数線形モデルでの被説明変数は取引量価格弾力性の逆数、説明変数はそのラグと取引費用および取引量の経済価値である。推定の際には、市場のデータをうまくパネルデータとして再解釈することで、動学パネル回帰の手法を正当化した(最右列)。この結果は、電力市場における伝統的な流動性尺度である取引量と、本稿で導入された金融的尺度が逆相関していることを示しており、後者が非流動性のある部分を反映していることを示している。

以下は、週内日内の時間帯ごとに推定された日本卸電力取引所(JEPX)における「非」流動性尺度の標本期間にわたる平均を示す(緑*が取引費用、青・が取引量価格弾力性の逆数、赤点線が取引量の経済価値の逆数、MonTueは月曜締め市場の対象である火曜各時間帯の電力に関する非流動性)。取引量増加は卸電力市場の伝統的な意味での流動性の向上を意味し、赤点線を低下させる。価格弾力性逆数はそれと若干連動しているが、取引費用はそれからはほぼ独立である。

図

この結果は、JEPXの流動性向上政策に関していくつかの論点を示唆する。第1に、JEPXの非流動性はしばしば取引量の低さと同一視されるものの、後者は市場の非流動性の一面に過ぎない。実際、本稿で示した金融的な取引費用尺度は、卸電力市場での取引量増大(伝統的な意味での流動性向上)と関連していない。

第2に、JEPXは自由化先進国(欧州、米国)の電力取引市場との比較で非流動的であるとされるが、さまざまな―しかし異なる市場で共通の―尺度に基づく流動性の市場間比較は筆者が知る限り行われていない。このため、JEPXの非流動性に関する実態把握にはさらなる学術的研究の蓄積が必要である。

第3に、JEPXは価格弾力性逆数の意味ではそこまで非流動的ではなく、改善すべきは取引費用の高止まりである。本稿での取引費用は、天候・災害・突発的な需給逼迫などによって決まる電力の真の価値を事前に把握した情報優位者による市場需給の変動から発生する。このため、多くの場合情報優位者であろう一般電気事業者の入札行動について、規制当局と研究者の(個別入札データの学術的利用許可などを通じた)連携により更なる分析を進めるべきであると考えられる。実際、2017年度版エネルギー白書(p.318)において、卸電力市場での東京電力による限界発電費用を上回る売り行動が報告されている。この行動が、本稿で依拠した理論モデルの予測通り(すなわち一般電気事業者がその情報優位性を利用した独占企業として合理的な入札行動)であるのか、卸電力市場の発展を合法的に阻害する動機に基づくものなのか、あるいは東電内部で前日段階では電力計画の変更が難しく真の限界費用は実際にはもっと高かったのか、あるいは別の要因に基づくのか、は、情報優位者による入札行動に関する理論・実証両面でのより精密な分析が必要となろう。