ノンテクニカルサマリー

FTAの日系海外現地法人の調達行動に与える影響

執筆者 浦田 秀次郎 (ファカルティフェロー)/加藤 篤行 (リサーチアソシエイト)
研究プロジェクト FTAに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「FTAに関する研究」プロジェクト

自由貿易協定(FTA)は経済グローバル化が進む世界において各国政府にとって自由貿易による利益を享受しつつ自国の競争力を維持・向上させるための重要な政策として認識されている。特に人口減少局面に入った日本にとって、輸出は世界経済の成長を取り込みさらなる経済発展を実現するために極めて重要であり、FTAを積極的に活用することが広く議論されている。日本は2002年にシンガポールとFTAを締結したのを皮切りに、2017年7月現在までに、15カ国・地域とFTAを締結し(表1)、さらに大きな地域FTAとして東アジア地域包括的経済連携(RCEP)などの交渉を進めている。

今日、多国籍企業は情報通信技術(ICT)を活用し比較優位に基づいてサプライチェーンを広く地域に展開し、生産の効率化と為替変動などの外的ショックに対する耐性を高める高度なネットワークを活用することでグローバルな競争を行っている。日本企業も直接投資を用いて構築した東アジアを中心にした生産ネットワークや北米自由貿易協定(NAFTA)などの地域FTAを利用した分業システムを積極的に活用しビジネスを展開している。このような日本企業による海外での活発な事業展開は当該企業にとっては効率性や収益性の向上といったメリットをもたらす一方で、日本国内の産業および経済の空洞化を助長することを危惧する声もある。そのような見方に対して、FTAは日本にとって輸出の機会を拡大する効果を持つことから、日本経済・産業の空洞化を抑制する効果が期待できるという意見がある。

本研究では、上述した観察結果を踏まえて、生産ネットワークの中で、FTAが現地事業所の日本からの調達にどのような効果を持つかを明らかにすることで、FTAの国内製造業への影響を分析した。表2は日本・親企業からの輸出依存度に関する決定要因の推定結果の内、FTAに関する結果を抜粋したものであるが、これによると、製造業全体ではともに正で有意な結果が得られており、FTAが生産ネットワークにおける日本の産業の重要性を改善していることが示されている。さらに、親企業からの輸出の方が、日本企業全体からの輸出よりも大きな係数を得ていることは、FTAが企業間貿易よりも企業内貿易により積極的に用いられていることを示唆している。産業別の推定結果を見ても、日本からの輸入に関して食品、繊維、金属、その他産業において正で有意な結果が得られており、親企業からの輸入に関しては、食品、繊維、木工・紙および電子産業が正で有意に推定されていることから、これらの産業製品に関してFTAが活用されていることが示されている。これらの結果から、FTAは国内製造業に関して企業内貿易の積極的な活用によって、生産ネットワーク内でその重要性を高める効果があり、産業の空洞化を抑制すると考えられる。

現在、世界最大規模のFTAとして日本産業の活性化の切り札に期待されていた環太平洋経済連携協定(TPP)はアメリカの離脱宣言によって漂流の危機にあり、さらに反グローバリズムの高まりを受けて、自由貿易体制そのものに対しても懐疑の目を向ける人々の発言力も大きくなっている。自由貿易を否定するような主張は特に熾烈な国際競争にさらされている製造業を保護する立場から強く打ち出されているが、本研究の結果に基づくと、FTAはむしろ国内産業の生産ネットワーク内での位相を高めそれらの産業に対してプラスの効果をもたらす可能性が高く、こうした懸念には客観的な根拠が不足している。今後さらに企業・事業所レベルのデータを用いた分析を進めFTAの効果をより詳細に明らかにしていくことで、現在みられている懸念に対して答えていくことが経済学には求められているといえるであろう。

表1:日本のFTA
表1:日本のFTA
Notes:
* TPP Negotiations began in March 2010. Japan joined the TPP negotiations in July 2013
** Negotiations with South Korea was suspended in November 2004.
*** Negotiations postponed in 2010.
Source: Ministry of Foreign Affairs and newspaper reportings.
表2:日系海外現地法人の日本・親企業からの調達に対するFTA の効果
表2:日系海外現地法人の日本・親企業からの調達に対するFTA の効果
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