ノンテクニカルサマリー

マーケットシェアダイナミクスの統計解析

執筆者 荒田 禎之 (研究員)/小野 﨑保 (立正大学)
研究プロジェクト 持続的成長とマクロ経済政策
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「持続的成長とマクロ経済政策」プロジェクト

マーケット構造、もしくはマーケットのシェア構成は時間とともにどのように変化していくのだろうか? たとえば、シェア1位の企業はシェア1位という有利な立場にあるが故に、相対的に長くその立場を維持できるかもしれない。もしくは、絶え間ないシェアの奪い合いという競争に直面しているために、シェア1位という立場はすぐに他の企業に取って代わられるものかもしれない。マーケット構造の時間的な変化に統計的な規則性や法則と呼べるようなものは存在するのだろうか?

このような問いに答えようとして、マーケットシェアの分析を通常の統計解析の方法で行おうとしても全く上手くいかない。例として、マーケットの企業数が3である場合を考えよう。シェアの定義から、それぞれの企業のシェアの合計は必ず1になるという制約を満たさねばならないが、この制約は3次元のグラフで書くと下図のような三角形の領域として書き表すことが出来る。つまり、シェアの定義によってデータは3次元全体に散らばることは出来ず、三角形の領域に閉じ込められる。もちろん、この性質はデータの定義から出てくるものであり、経済学的な意味というものとは全く関係しない。しかし、通常の多変量解析の手法ではこの点が問題になる。というのも、多変量解析をそのまま使うと、この性質がデータの定義から出てくる何ら経済的意味合いを持たないものなのか、それとも経済学的に重要な変数間の関係を示しているものなのかを区別しないからである。つまり、分析結果を見ても本当に経済学的に意味のある関係性を捉えているのか、単なるデータの定義を反映しているだけなのか分からなくなってしまうのである。

そのためシェアの分析を行う場合、通常の多変量解析とは異なる手法を使う必要があり、それがCompositional Data Analysis (CDA)と呼ばれる統計手法である。この手法は経済学の分野ではほとんど使われていないが、この手法によって合計が1になるという制約を明示的に取り入れながら分析をすることが可能になる。特に上図でいえば、三角形の領域での距離、直交性、確率変数、分布、中心極限定理などを定義しなおすことが可能になる。このサマリーでは、日本の製造業の6桁分類のマーケットシェア上位2社に注目し、1年間のマーケットシェアの変化についてこの分析手法を用いた分析結果を述べる。

まず、基本的な統計的な性質として、シェアの変化の平均は極めて0に近いことが分かった。つまり、平均して見ると、マーケットシェアの変動はシェア1位の企業が有利・不利などというような傾向は観察されず、その意味で“フェア”といえる。さらに、シェアの変動の分布についても特徴的な形状が見られる(下図)。もしシェアの変動が、小さなショックの積み重ねで成り立っているとしたら、中心極限定理からこのグラフは正規分布に近くならなければならないが、実際はそうなってはいない。それよりも、実際の分布は正規分布に比べて中心部分が尖り、またテールは厚くなっている。つまり、シェアの変動というものは、正規分布が想定するような少しずつの変化によって記述されるものではなく、一挙にマーケット構造が劇的に変化するということが珍しくないのである。この中心が尖りテールが厚いという分布の形状は、下位の企業と含めた分析でも同じように観察される。つまり、シェア下位の企業と上位の企業とのシェアの奪い合いにおいても、下位の企業が少しずつ上位のシェアを奪っていくというストーリーよりは、たとえば既存製品とは全く異なる革新的な製品によって一挙にシェアを奪い去るというストーリーの方が一般的な事象なのである。

この研究は極めて基礎的なものであるが、より正確な実証分析や政策分析を可能にするものである。

すなわち、シェアというデータの性質をより正確に把握できる分析手法を作ることを通じて、今後の実証分析や政策分析の基礎をなすものである。