ノンテクニカルサマリー

より良い教育を受ける人はより寛大か?―教育効果の世代間移転に与える影響についての検証

執筆者 殷 婷 (研究員)/張 俊超 (統計数理研究所)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

経済学では通常、世帯を1つの意思決定の主体として扱ってきた。しかし、少子高齢化問題が深刻化していく中、遺産や生前贈与といった金融資産・実物資産の世帯内配分や世代間移転の分析の重要性が高まっており、Altonji et al. 1997; Fujiu and Yano 2008等に見られるように、多くの理論モデルが提示されている。こうした分析は、特に、社会保障政策、たとえば、生活保護給付および子ども手当をはじめとするさまざまな世帯単位で支給される政策およびその効果を検証するために不可欠である。世帯行動に関する欧米の実証研究は、親は何らかの見返り(老後における世話、介護、金銭的な援助など)がなくてもそれぞれの子に均等に遺産を遺す、あるいは、子の必要に応じて遺産を配分する、または、子は遺産を期待せずに親と同居し、親に介護や金銭的な援助を提供するといった利他主義モデルが成り立っているのを明らかにしている。一方、日本・中国の先行研究では、親は同居や介護など自分により尽くしてくれた子供に対してより多くの遺産を配分する傾向があり、子は遺産を期待して親と同居し、親を介護するといった利己主義モデルが成り立っていることを明らかにしている。

しかしながら、東アジアの儒教文化圏の中国は社会保障制度が十分に整備されていないまま、高齢化社会に突入し、現在でも儒教圏で最も重視された価値である「孝」に影響され続けている。さらに、今の中国の高齢者は、かつての大飢饉や文化大革命、また改革開放を経験している世代であり、前の世代よりそれなりの教育を受けた世代でもある。したがって、彼らの世代間行動を研究するうえで、彼らの教育水準がその行動にどのような影響を与えているのかは非常に重要だと考えられる。教育は所得を増大させることを通じて世代間移転に影響を及ぼす。それを除いて、教育が直接に世代間移転に与える効果を検証することは困難である。図1は、親の教育水準と親子間の移転の間に相関関係があることを示しているものの、因果関係があるかどうかは不明である。因果関係の有無は社会保障や財政制度などの政策形成および政策効果を議論する際に必要不可欠である。

本稿では、中国の「中国健康及び養老追跡調査」(CHARLS)からの個票データを用いて親の教育水準が成人した子供からあるいは成人した子供への世代間移転(金銭的な移転)に与える因果関係を検証した。具体的には、教育の内生性によるバイアスを取り除き、純粋な教育の効果を取り出すため、1959年から1961年までの大飢饉、すなわち、この3年間に、穀物不足を解消するために、多くの学齢児童が強制的に田畑で働かされた事実に注目する。このことは外生的な教育水準の変動をもたらしており、教育の効果を推定する際の適切な操作変数となり得る。

推計結果によれば、親の教育年数が1年伸びれば、成人した子供から金銭的な援助を受ける確率は3.5%減少し、成人した子供に金銭的な援助をあげる確率は3.8%増加する。すなわち、親の教育年数と親子間の移転の間に因果効果があり、教育水準がより高い親は老後になると、子供に依存するよりは子供に貢献することを示している。以上の分析結果を踏まえ、下記のような点について更なる議論が行われることを期待する。第1に、教育水準を向上させる政策を実施するときに、社会保障と世代間移転との代替・補完関係を考慮にいれるべきである。第2に、現在の高齢者を対象とする一連の社会保障政策を構築する際に、従来の高齢者と違って、教育効果によって高齢者がより自立できることを考慮に入れるべきである。政府は高齢者のニーズに応えるサービスを提供する必要があり、この観点から、たとえば、介護サービスの提供や介護保険制度の導入は、政府主導だけではなく、民間の参入も促進すべきと思われる。

図1:教育と世代間移転の相関図
図1:教育と世代間移転の相関図
文献
  • Altonji, J. G., Hayashi, F., & Kotlikoff, L. J. (1997). Parental Altruism and Inter Vivos Transfers: Theory and Evidence. Journal of Political Economy, 105(6), 1121–1166.
  • Fujiu, H., & Yano, M. (2008). Altruism as a motive for intergenerational transfers. International Journal of Economic Theory, 4(1), 95–114.