ノンテクニカルサマリー

大都市で働くことによる動学的便益: 日本における労働者・企業マッチデータからの証拠

執筆者 近藤 恵介 (研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

労働者にとって大都市で働くことは非常に魅力的に感じられる。たとえば、大都市では、中小都市と比較してより高い賃金を得られることが理由としてよく挙げられる。都市経済学の分野において、このような大都市がもたらす賃金上昇のことを都市賃金プレミアムと呼んでおり、集積の経済による便益として知られている。近年の学術研究では、どのような要因が都市賃金プレミアムをもたらすのかという点を解明するために実証研究が進められている (Combes and Gobillon, 2015)。

本研究では、都市賃金プレミアムの要因として、大都市で働くことによる動学的な学習効果に着目する。たとえば、de la Roca and Puga (2017)では、大都市にもともとスキルの高い労働者がより多く集まっているというよりも、大都市で働くことにより価値ある経験を積み重ね、事後的にスキルの高い労働者になっているという結果を示している。またスキル習得の差には個人の異質性が大きく関係し、もともとスキルの高い人ほど大都市で働くことの学習効果がより大きいことを発見している。

本研究の特徴は、労働者と事業所の個票データを接続することで、労働者の賃金だけでなく、その労働者が従事する事業所の労働生産性という観点からも分析している点にある。日本の雇用慣行として、終身雇用や年功賃金による影響もあり、賃金が必ずしも現在の労働者の生産性を反映する指標として適切であるとは限らない。実際、川口他 (2007)では、賃金と生産性の間にギャップが存在していることを明らかにしている。したがって、労働者の生産性を計測する際は、賃金だけでは必ずしも十分ではないことから、本研究では労働生産性を使って同時に検証している。

図1では、就労経験年数毎における平均賃金と平均労働生産性をそれぞれ労働者と事業所の個票データから計算している。ここで、赤線は人口規模上位25%に属する市区町村を大都市として分類し、青線はその他の75%の市区町村を中小都市として分類しており、それぞれの都市規模別に個票から平均値を計算している。また賃金に関しては最低賃金の違いから影響を受けるため、計算した時給を各都道府県の最低賃金で除した相対値として表示している(つまり、相対賃金が1であれば最低賃金と同額の時給を受け取っていることを意味する)。

図1において、働いてまもなくの時期は大都市と中小都市の間で賃金や労働生産性の違いはほとんどないことがわかる。一方で、労働者が経験を積んでいくにしたがって、賃金と労働生産性ともに都市規模間で格差が拡大し始めることがわかる。大都市で働くことには静学的というよりも動学的な便益が存在する可能性が示唆されている。実際、分析の結果、労働者の観測できる属性(教育、年齢、性別、役職など)や産業間の違いによる影響を除いたとしても、大都市で働く労働者の方が中小都市と比較して賃金プロファイルがより急になっているということがわかっている。したがって、大都市で働くことを通じてさまざまな人々との相互作用により、労働者はより高いスキルを身に付けていることが考えられる。

図1:賃金-就労経験年数プロファイルと労働生産性-就労経験年数プロファイルの都市規模間比較
図1:賃金-就労経験年数プロファイルと労働生産性-就労経験年数プロファイルの都市規模間比較
注)厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(2007年〜2015年)と総務省「経済センサス-活動調査」(2011年実績)をもとに筆者作成。本研究で対象となる業種は、平成24年経済センサス-活動調査の卸売業・小売業、サービス業Bである。赤線は75パーセンタイル以上の人口を持つ都市での平均賃金と平均労働生産性、青線は75パーセンタイル以下の人口規模の都市の平均賃金と平均労働生産性を表す。パネル(a)において、計算した時給(単位:円)を各都道府県の最低賃金で除した相対値として縦軸に表している。パネル(b)では、労働生産性(単位:万円)を縦軸に表している。図の詳細は論文を参照。

本研究結果は、現在の地方創生において重要な政策的含意を持つと考えられる。地方創生では東京一極集中の是正という観点から若者をいかに地方に留まらせるかという点で議論されることが多い。しかし、地方に留まり続けることによって、そのような若年労働者が長期的に技能向上の機会を失ってしまう可能性も示唆される。地域に人材を固定化させるような発想ではなく、大都市で働くことによる技能向上効果が存在することも念頭に入れるべきであろう。たとえば、技能形成格差が広がらないよう地方でも追加的な技能向上の機会を提供していくことや都市と地方の相互の利点を生かした人材交流を促す政策を考えていくことが望ましいと考えらえる。

文献
  • Combes, Pierre-Philippe and Laurent Gobillon (2015) "The empirics of agglomeration economies," in Duranton, Gilles, J. Vernon Henderson, and William C. Strange eds. Handbook of Regional and Urban Economics Vol. 5, Amsterdam: Elsevier, Chap. 5, pp. 247-348.
  • de la Roca, Jorge and Diego Puga (2017) "Learning by working in big cities," Review of Economic Studies 84(1), pp. 106-142.
  • 川口大司・神林龍・金榮愨・権赫旭・清水谷諭・深尾京司・牧野達治・横山泉 (2007)「年功賃金は生産性と乖離しているか―工業統計調査・賃金構造基本調査個票データによる実証分析―」, 『経済研究』, 58(1), pp. 61 - 90.