ノンテクニカルサマリー

高速鉄道と知的生産性

執筆者 井上 寛康 (兵庫県立大学)/中島 賢太郎 (東北大学)/齊藤 有希子 (上席研究員)
研究プロジェクト 組織間ネットワークのダイナミクスと地理空間
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「組織間ネットワークのダイナミクスと地理空間」プロジェクト

イノベーションにおいて他者の知識に学ぶことは極めて重要である。これまでの研究の蓄積の中で、この他者の知識からの学び、いわゆる知識の波及が地理的に制約されていることが知られてきた。たとえば共同研究を通じた知識移転には、顔をつきあわせた議論が必要であり、それに伴う移動費用がその1つの要因であるといえる。実際に我々の過去の研究(Inoue, Nakajima, and Saito, 2013)では、この20年間における日本の共同研究は、地理的に集積していること、またその地理的集積パターンが変化していないことを発見した。このことは、この20年間に生じたICTの爆発的発展も、共同研究における地理的制約を十分に緩和することができなかったと解釈することもできよう。

では、顔をつきあわせた議論に必要な移動費用が低下した場合はこの知識波及はどのようになるのであろうか。本研究はこのような問題意識の下、高速鉄道によって劇的に低下した移動費用が、沿線のイノベーション活動に与えた影響について包括的な分析を行ったものである。

具体的には1997年に高崎-長野間を開業した長野新幹線をケースとして、この新幹線の沿線に立地する事業所のイノベーション活動を特許情報で捉えることによって定量的な分析を行った。

その結果、長野新幹線の開業後、沿線事業所の特許出願数は4.6%増加したこと、また、特許の被引用数で測ったイノベーションの質についても同様に開業後向上したことが示された。

図1は一事業所あたりの平均特許出願数について、長野新幹線沿線事業所(treatment)と、その他(control)を比較した図であるが、開業前のトレンドについて、両者はほぼ同一であるのに対し、開業後、長野新幹線沿線事業所の平均特許出願数がその他に比して増加していることが見て取れる。このことは、新幹線開業によって沿線事業所の特許出願数が増加したことを示すものであるといえる。

図1:平均特許出願数(事業所あたり)
図1:平均特許出願数(事業所あたり)

さらに、本研究では、イノベーション活動の活発化の経路について、共同研究を通じた知識移転と特許引用を通じた知識移転の両者についての検証を行った。その結果、長野新幹線開業後、沿線事業所間の共同研究が増加したこと、および東京で出願された特許の長野新幹線沿線事業所による引用が増加したことが示された。これらのことは、共同研究、および特許引用に現れる知識移転を長野新幹線開業による移動時間の低下が促進することによって沿線のイノベーション活動を促進したものであると解釈できる。

本研究は、イノベーションにおいて必須の知識波及は地理的距離に制約されており、また、物理的な移動時間の短縮は、知識波及を促進することで地域のイノベーション活動の活発化に貢献するということを示しており、今後の交通インフラ整備を考える上で、イノベーションの観点からの議論の重要性を示すものであるといえる。本研究の結果は、現在、リニア新幹線建設が進む中、リニア新幹線による三大都市圏間の移動時間の劇的な短縮がイノベーションの促進をも通じて地域経済に寄与する可能性について示唆するものといえる。本研究は、交通インフラ整備における費用便益分析を目的とした研究ではないが、本研究の結果は交通インフラ整備の評価における、イノベーションの観点の導入の重要性を示唆するものであるといえよう。