ノンテクニカルサマリー

日本円の衰退と米ドルの慣性

執筆者 小川 英治 (ファカルティフェロー)/武藤 誠 (一橋大学)
研究プロジェクト 為替レートと国際通貨
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「為替レートと国際通貨」プロジェクト

基軸通貨とは、国際通貨システムにおける中心的な役割を担う通貨を指す。基軸通貨は交換手段としての機能が重視され、そのネットワーク外部性によりシェアが低下しにくいという特徴を持つ。これを基軸通貨の慣性と呼ぶ。現在の国際通貨システムにおける基軸通貨は米ドルである。1999年にユーロが導入された後も、米ドルは世界経済における基軸通貨の地位を維持している。これは、米ドルが基軸通貨として慣性を持つことを意味する。

図1はユーロカレンシー市場における国内通貨建て負債と外国通貨建て負債の合計の推移を示している。このデータを世界の国際通貨シェアの代理と仮定する。図1から1999年のユーロ導入以降、ユーロのシェアは拡大しているが、米ドルのシェアがあまり変化していないことが示されている。また、ユーロシェアの拡大に対し、日本円のシェアが縮小していることが分かる。

先行研究(Ogawa and Muto (2016))では、ユーロの導入と世界金融危機が米ドルの慣性に及ぼす影響を分析した。分析結果は、ユーロの導入によって、ユーロの地位は上昇したが、米ドルの地位に変化はなかった。本稿では分析に日本円、英ポンド、スイスフランを追加することで、この結果の整合的な説明を試みた。

分析期間は1986年第1四半期から2016年第2四半期である。国際通貨としての地位に影響を与える要因として、ユーロ導入(1999年1月)および経済危機(特に、2006年5月に生じたアメリカ不動産バブルの崩壊、2007年7月のBNPパリバショック、2008年8月のリーマンショック、2009年10月のギリシャ危機)に焦点を当てている。これらの要因が、ある国際通貨の地位を上昇(低下)させた場合、相対的に他の通貨の地位を低下(上昇)させると考えられる。

分析にはmoney-in-the-utilityモデルを用いた。これは個人の効用関数に実質消費と国際通貨の実質残高を含んだモデルである。このモデルから、交換手段や価値貯蔵手段としての機能を通じて、国際通貨を保有することで得られる利便性が効用へ与える貢献度を計算した。つまり貢献度が上昇したとき、国際通貨としての地位も上昇したと考える。この推定された貢献度をユーロ導入前後や経済危機前後で比較し、どのような影響が与えられたかについて考察した。

分析結果から、主に以下の2点が明らかとなった。第1に、経済危機の影響を考慮すると、ユーロ導入は米ドルの貢献度に影響を与えていなかった。また、ユーロと英ポンドの貢献度は上昇し、日本円とスイスフランの貢献度は低下していた。第2に、経済危機後に日本円の貢献度は低下していた。このことから、全期間を通じて日本円が低下トレンドにあったことが示された。

結論として、ユーロの導入によるユーロの貢献度の上昇は、日本円とスイスフランの貢献度を代替的に低下させた。これはユーロの導入によって米ドルの貢献度に変化がなかったこと、つまり基軸通貨の慣性が働いたことと整合的な結果である。また、全期間を通じて日本円の貢献度が低下トレンドにあったことは、日本が「失われた20年」を経験している間にGDPシェアや国際貿易が減少したことが原因かもしれない。

図1:ユーロカレンシー市場における国内通貨建て負債と外国通貨建て負債の合計
図1:ユーロカレンシー市場における国内通貨建て負債と外国通貨建て負債の合計
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出所:Bank for International Settlementsより著者作成