ノンテクニカルサマリー

輸出企業と輸入企業の序列的マッチング

執筆者 杉田 洋一 (一橋大学)/手島 健介 (メキシコ自治工科大学)/Enrique SEIRA (メキシコ自治工科大学)
研究プロジェクト 貿易費用の分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「貿易費用の分析」プロジェクト

国際貿易は、主に企業と企業の取引として行われる。そのため過去20年間の国際貿易研究は、主に企業の貿易行動の分析を中心に発展してきた。主な発見として、生産性や品質といった企業の能力が、その企業の輸出や輸入の開始を決定していることが明らかになった。本稿は、この能力が、輸出企業と輸入企業の取引相手の選定、即ちマッチングをも決定していることを明らかにした。輸出企業と輸入企業のマッチングと取引の詳細がわかる税関申告書データの分析により、輸出企業と輸入企業が、生産性や品質といった企業の能力の序列に応じて貿易相手を決定し、同程度の序列に位置する企業同士が貿易を行うという序列的マッチングの証拠を世界で初めて提示した。

図1:序列的マッチング
図1:序列的マッチング

序列的マッチングの自然実験として、本稿は2005年多国間繊維協定と輸入数量規制の廃止に伴う、中国企業のアメリカ繊維市場への参入と、メキシコ輸出企業とアメリカ輸入企業のマッチングの変化を分析した。企業の能力の序列が貿易量の序列に反映し、序列的マッチングが成立しているならば、図2のように自由化以前の貿易量に応じてメキシコ・アメリカ企業に図のように序列をつけることができる。

図2:自由化以前のマッチング
図2:自由化以前のマッチング

2005年にアメリカ繊維市場は北米自由貿易協定の締結国であるメキシコ・カナダ以外の国にも開放され、多数の中国企業が参入した。図3に示されるように、この参入はそれまで協定により保護されてきたメキシコ企業のアメリカ市場での序列を下げることになった。序列的マッチングが成立しているならば、それに伴いアメリカ企業とメキシコ企業とのマッチングは図3のように変更され、以下の4つの変更が行われるはずである。 (1) アメリカ企業はより優れたメキシコ企業に取引相手をスイッチし、(2) メキシコ企業はより劣ったアメリカ企業にスイッチする。(3) 取引相手を変更した企業間では、古い取引相手と新しい取引相手の相対的な順位は変わらない。(4) 序列の低いメキシコ企業は退出する。2005年に自由化された繊維品目と、その他の繊維品目を比較したところ、以上4つの予測の全てが、自由化された品目でより頻繁に観察された。これらの変化は、序列的マッチングの存在を強く支持しており、伝統的な貿易理論の想定する匿名的な市場では説明できない。

図3:自由化以後のマッチング
図3:自由化以後のマッチング

本稿によって初めて実証的に示された貿易企業の序列的マッチングは、国際貿易の新たな視点を提供する。国際貿易は、参加者が取引相手を考慮しなくてよい株式市場や商品市場のような匿名的な市場ではなく、企業と労働者のマッチングや学生と大学のマッチングのように、取引相手の能力が重要な役割を果たし、それゆえに参加者が序列化される市場で行われているのである。

この序列的マッチングは貿易政策についても新たな視点を提供する。第1に、貿易自由化には、国内外の優れた企業同士をマッチさせることで、産業全体の生産性や品質の向上に寄与するという、これまで言及されてこなかった経済利益が存在することが示唆される。大学と学生のマッチングとの対比でいえば、国内外の優れた学生を優れた大学で学ばせることで生じる、留学の社会的利益に対応する。第2に、地場企業が貿易から得る利益は、その企業の能力だけでなく、取引する外国企業の能力にも依存する。再び大学と学生の例でいえば、学生の大学進学から得る利益が、学生の能力と大学の質の両方に依存することに対応する。第3に、地場企業と能力の高い外国企業との貿易を促進するためには、地場企業と外国企業の能力の序列が釣り合う必要がある。これも大学と学生のマッチングでは明らかだろう。地場企業の能力を考慮せず、序列の高すぎる海外企業との取引を目指した貿易促進政策は、大きな経済的費用を生むことになるだろう。これら序列的マッチングの下での貿易利益や政策介入費用の計測は、今後の重要な研究課題である。