ノンテクニカルサマリー

商品価格ショックがアジア経済に与える影響の定量分析

執筆者 井上 智夫 (成蹊大学)/沖本 竜義 (客員研究員)
研究プロジェクト 商品市場の経済・ファイナンス分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「商品市場の経済・ファイナンス分析」プロジェクト

問題の背景

近年、マクロ経済の再編成が進み、世界経済に大きな不確実性が生み出されている。たとえば、国際通貨基金(IMF)は2016年のWorld Economic Outlookにおいて、中国経済の停滞、コモディティ価格の低下、コモディティに関連する投資と貿易の減少、新興国や発展途上国への資本流入の低下などを、世界経済のリスクとして挙げている。実際、コモディティ価格の変化が多くの国のインフレーションに影響を与え、それを通じて実体経済にも影響を与えていることが予想される。しかしながら、コモディティ価格が各国の物価や実体経済に具体的にどのような影響を与えているかは定かではない。したがって、コモディティ価格がどのような影響を世界経済に与えるかを定量的に評価することは、非常に重要な問題である。

一方、世界経済のネットワークは年々深化している。相互依存の深化には、経済統合が進展した欧州経済圏での経験が示すように、ギリシャ危機のような経済危機や一国の金融・財政政策の転換の影響が当該国内経済に留まらずに関係各国へ伝播しやすい状況を醸成する効果がある。また、それと同時に、ネットワーク構造も年々変化している。たとえば、2001年から2005年までの貿易量データを用いて、世界経済のネットワークを見てみると、米国・ユーロ・日本が3つのハブとなり、貿易ネットワークが構成されているのがわかる。それに対して、2011年から2015年の貿易量データを用いて見てみると、米国・ユーロ・中国が3つのハブとなり、貿易ネットワークが構成されていることがわかる。つまり、中国経済の発展に伴い、世界経済構造が大きく変化しているのである。したがって、自国経済と他国経済をネットワーク化した世界経済モデルを構築し、そのモデルにおいて世界経済構造の変化を考慮することも必要である。

このような観点から、本研究では、各国における国内マクロ経済変数と海外変数の動的関係を捉え、コモディティ価格の経済波及効果を定量的に評価できるモデルとして、グローバルVAR (GVAR)を採用し、コモディティ価格が、アジア諸国を中心とした各国の物価と実体経済に与える影響を定量的に評価することを試みている。

本研究の主な結果

本研究で得られた結果は次のようにまとめられる。まず、図1からわかるように、原油価格は多くのアジア経済諸国の消費者物価(CPI)に対して、正の影響を与えるが、近年、その影響が小さくなっていることが明らかになった。言い換えれば、2001年から2005年の原油価格の上昇は各国の物価を比較的大きく上昇させたが、2011年から2015年の原油価格の下落は、以前ほど大きな影響をもたず、CPIの大きな下落にはつながっていないことが示唆された。それに対して、原油価格がコアCPIに与えた影響は期間を通じて限定的であったことが明らかになった。また、同様の分析を食品価格に関しても行ったところ、ほぼ同様の結果が得られた。一方、生産者物価に対しては、原油価格はより大きな正の影響を与えることが判明し、近年、その影響はやや小さくなっているものの、消費者物価ほどでないことも明らかになった。最後に、原油価格が実体経済に与える影響を評価したところ、図2からわかるように、2001年から2005年に関しては、原油価格の上昇は実体経済に負の影響を与える一方、2011年から2015年に関しては、原油価格が実体経済に正の影響を与えることが示唆された。2011年から2015年にかけて、原油価格は下落傾向にあったが、この結果は、その原油価格の下落ショックが、世界経済に好影響を与えたというよりは、世界経済の停滞を伴う形で生じていたことを示唆している。

政策的インプリケーション

本研究の結果、コモディティ価格は、期間を通じて、概ねアジア経済諸国の物価に正の影響を与えることが確認された。2011年から2015年にかけて、コモディティ価格の影響はやや小さくなっているものの、2014年から2015年にかけて、コモディティ価格が下落傾向にあったことは注意が必要である。つまり、アジア経済諸国におけるコモディティ価格の影響の減少が、コモディティ価格の国内物価へのパススルー効果の低下により、コモディティ価格ショックに対してより強靭になったことを反映したものなのか、それとも、コモディティ価格の国内物価へのパススルー効果の非対称性による一時的な減少なのかを適切に判断することが肝要である。2016年に入り、コモディティ価格は回復傾向にあり、今後もその傾向が続く可能性は高い。したがって、もし、パススルー効果の非対称性が原因であった場合、再びパススルー効果は上昇することが予想されるので、政策当局はコモディティ価格と国内物価の動向をより注視しながら政策を行っていく必要があるであろう。

また、実体経済の影響に対しては、より大きな変化が見られ、2001年から2005年に対しては、コモディティ価格は負の影響を与えていたが、2011年から2015年に対しては、正の影響を与えていたことが確認された。この変化に対しても、これが恒久的な変化であるのか、一時的な変化であるのかを的確に判断し、コモディティ価格が自国の実体経済に与える影響も考慮に入れたうえで、適切に政策を運営していくことが必要であろう。

図1:\(p^O\)(原油価格)の1標準偏差の上昇に対する\(p^H\)(CPI)の反応
図1:pO(原油価格)の1標準偏差の上昇に対するpH(CPI)の反応
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図2:\(p^O\)(原油価格)の1標準偏差の上昇に対する\(y\)(実体経済)の反応
図2:pO(原油価格)の1標準偏差の上昇に対するy(実体経済)の反応
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