執筆者 | 松田 尚子 (研究員)/土屋 隆一郎 (東洋大学)/池内 健太 (科学技術・学術政策研究所)/岡室 博之 (一橋大学) |
---|---|
研究プロジェクト | 起業活動に関する経済分析 |
ダウンロード/関連リンク |
このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
特定研究 (第三期:2011〜2015年度)
「起業活動に関する経済分析」プロジェクト
本稿は、日本の就業に関する大規模な政府統計を用いて、どのような人が開業を希望し、あるいは準備するのかを明らかにするものである。これまで実際の開業の要因に関するミクロ計量分析は国際的にもいくつか行われているが、データの制約により、開業の前の段階である開業希望や開業準備に関する分析はほとんど行われていない。本稿は、本邦で初めて「就業構造基本調査(総務省)」の約30万人の匿名個票データを用いて、開業希望と開業準備の要因の計量分析を行う。分析対象は平成19年と平成24年の約30万人の有業者および無業者の男女である。
開業に至るプロセスを、開業希望、開業準備、開業実現の3つに整理すると、日本では他の先進諸国に比べ開業希望者や開業準備者が開業実現に至る確率が高い。そのため開業希望者や準備者を増やすことは開業者(実現)を増やすことにつながると考えられる。本稿はこれを前提に、開業希望や準備の要因を明らかにすることで、「日本再興戦略」(日本経済再生本部)でも持続的経済成長に不可欠と指摘されている日本の開業率の改善に貢献することを目的としている。特に、要因についての年齢層、有業と無業、男女差の違いについて着目している。
主な推計結果は、表1の通りである。推計により、(1)有業の女性は男性に比べ起業を希望しない傾向にあるが、準備について男女差は無いこと(2)大卒以上50代の有業者は開業希望と準備を行う確率が高いこと(3)年収の多い人や現職が会社役員である人は、開業希望はあるが準備には至らないことなどが明らかとなった。
これらの結果から得られる政策提言は以下の通りである。まず(1)の女性について、開業希望性向を男性と同じレベルまで引き上げることができれば、開業者の男女比の不均衡を是正するだけでなく、開業者数全体を増やすことができるだろう。全ての年齢層で今より多くの女性が、開業希望を持てるようにすることは、残されている重要な政策課題である。また、開業を希望する可能性の高い人を開業準備まで後押しするという点では、現職や前職が会社役員である人や、現在の収入が高い人が支援対象となる。これらの人々は、開業は希望するものの、50代の大卒以上の男性有業者を除いて、開業準備を行っている傾向は見られない。これらの人々の多くは、現在収入が高く、企業内で高い地位を得ていることから、現在の職務に忙しく、開業の希望はあるものの開業準備に時間を割くことができないと考えられる。実際の準備につなげる政策の1つとして、役員や社員の兼業を認める、休業を広く認める、休業期間における開業を認める等、企業内ルールの見直しの奨励が考えられる。フランスのサルコジ政権も2008年に同様の政策を打ち出し、開業率を大幅に上昇させている(2014年「中小企業白書」(中小企業庁))。
また開業希望と開業準備の割合が高い人を後押しするという意味では、50代の大卒以上の有業者男性に注目するべきである。彼らは、開業希望の割合も開業準備の割合も高い。現在の日本では、定年の延長や契約社員への切り替えなど60歳を過ぎても十分な能力と意欲がある人を再雇用することが企業に定着しつつあるが、再雇用だけでなく、彼らのスピンアウトと定年前の独立を支援することも雇用主である企業は行うべきであり、政府はその後押しに取り組むべきである。