ノンテクニカルサマリー

日本に残るか、帰国するか――日本における外国人留学生の移民の意思決定について

執筆者 劉 洋 (研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第四期:2016〜2019年度)

本研究は外国人留学生の移民の意思決定を規定する要因について、国際的に共通の分析手法に基づいて日本のデータを分析した最初の試みである。研究の背景は以下のとおりである。外国からの高度人材(注1)が流入国の経済発展と科学技術の進歩に大いに貢献することが注目を集めている。特に、留学生の潜在的な労働力が多くの国で重視されている。たとえば、オランダの研究では、もし外国人留学生の1/5が卒業後にオランダに残ると、政府収入が7.4億ユーロ増加するという試算がある(注2)。そのため、多くの国が、外国人の高度人材を獲得するために、留学生の自国での就職を重視している。

日本においても、国際競争力の強化や、少子高齢化による労働力人口の減少への対応などを目的に、優秀な外国人労働者を受け入れる方針が採られている。そして、「留学生30万人計画」が実施され、積極的に外国人留学生を受け入れる姿勢が示されている。しかし、日本における外国人労働者比率、特に高度人材の外国人比率は高くない。本研究は、限られたデータを活用して、日本にいる外国人留学生を対象に、卒業後に日本に残るかそれとも帰国するかという選択の決定要因について考察した。

研究手法として、まず、留学生に対する既存のアンケート調査結果から計量分析用の個票データベースを作成した。これを用いて、外国人留学生の移民の意思決定について、4つのグループの要因(経済的な要因、文化と言語の要因、留学動機の要因、個人属性の要因)を取り上げて検証した。

推定結果によると、日本での期待賃金の高さや日本での良好な生活条件の係数は、正だが有意ではない。解釈として、経済的な要因は、日本にいる留学生グループの移民選択に影響を与えている可能性はあるものの、大きくはない。ただし、サンプルサイズが小さいことに注意する必要がある。

これに対して、文化に関する要因は、日本に残るという意思決定に有意な正の影響を与えることが分かった。表1に示すように、サンプルサイズが小さいにもかかわらず、日本の文化に興味があることの係数は有意な正の推定値となっている。この結果は移民の理論と整合している。移民の選択は、移住先で得られる期待効用と出身国で得られる期待効用の比較によって決まる。その効用に影響を及ぼす要因として、収入のみならず、日々接触する文化も重要である。日本の文化に興味があることは、日本で生活することから得られる効用を増大させるため、日本に残ることに正の影響を及ぼすことになる。

このほか、分析結果によると、留学中に主に英語を使うこと、良い教育を求めること、海外経験を積むための留学などは、卒業後に日本に残ることに負の影響を与えることも分かった。最後に個人属性を見ると、男性のほうが日本に残ることを選択する傾向があり、また、私立大学の留学生は国公立大学の留学生と比べると日本に残る意識が強いことが示された。

なお、分析の限界として、用いたデータのサンプルサイズが小さい点が挙げられる。次の研究では、より規模が大きいデータベースが利用可能となる見込みであり、より説得力の高い結果を期待できる。

政策的含意として、高度外国人人材の労働力を確保するために、従来のように高い賃金で高度外国人人材を誘致するという方法だけでなく、より多くの外国人に日本の文化に興味を持ってもらう工夫も有効であろう。最後に、日本には、独特の伝統文化のみならず、企業文化、昇進制度、働き方なども多くの国と異なるものが存在する。本研究は日本の文化という広範囲の変数を用いたため、企業文化については直接に検証していないが、企業文化のダイバーシティ化や働き方の改革により国際標準に近づけ、より多くの外国人労働者がなじみやすくなるような環境を工夫することも重要であろう。

表1:推定結果の抜粋
モデル1 モデル2 モデル3 モデル4
経済的な要素グループ 高い賃金 0.09
[0.47]
0.08
[0.21]
0.05
[0.23]

優れた生活環境 0.27
[1.40]
0.37
[1.05]
0.19
[0.91]
0.22
[1.03]
文化と言語グループ 日本文化に興味がある
0.91
[2.30]**
0.55
[2.37]**
0.53
[2.22]**
日本語を習得するチャンス
0.19
[0.50]
0.11
[0.47]
0.09
[0.38]
英語を習得するチャンス
-2.79
[-2.22]**
-1.71
[-2.27]**
-1.86
[-2.48]**
(省略)
推定方法 Probit Logit Probit Probit
観測値 303 303 303 303
(注)**は5%水準で統計的に有意。
脚注
  1. ^ 本研究の「高度人材」は、高等教育を受けた労働者を指す。
  2. ^ Government of Netherlands. The Netherlands Aims to Attract More Talent from Abroad [Internet]. 2013. による。