ノンテクニカルサマリー

日本の賃金格差は過去25年間でどのように変わったか? FFL分解を使った分析

執筆者 横山 泉 (一橋大学)/児玉 直美 (コンサルティングフェロー)/樋口 美雄 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト ダイバーシティと経済成長・企業業績研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011〜2015年度)
「ダイバーシティと経済成長・企業業績研究」プロジェクト

1970年代、1980年代には、米国、英国、ドイツなどヨーロッパ諸国では、高所得層の賃金が上昇する一方で、低所得層の賃金があまり上がらないために格差が拡大していた。2000年代最初の10年間、米国では、高所得層と低所得層の賃金が中間層に比べて上昇した。日本でも、他の国々でも、格差拡大は、時に政治問題となり得るために、格差の実態を計測する研究は多い。しかしながら、そのメカニズムにまで踏み込んだ研究はそれほど多くない。

我々は、1989年から2013年の日本の包括的な統計データを使って、男女それぞれの賃金(実質賃金率)格差の程度がどれ程拡大しているか、また、その変化の背後にどのような要因があるかを、DFL分解、FFL分解という比較的新しい分解方法を使って分析をした。

我々の発見は以下の3点である。第1に、1990年代は、男女とも、第1十分位(低賃金率層)、第5十分位(中賃金率層)、第9十分位(高賃金率層)の全ての十分位で賃金率は上がっており、賃金格差は拡大も縮小もしていなかった(図表1参照)。

第2に、2000年代は、中賃金率層の賃金率は、高賃金率層、低賃金率層の賃金に比べて低下が著しい(図表1参照)。分厚い中間層で知られる日本でも、この時期は、他の先進諸国同様、中賃金率層の賃金下落が観測された。特に女性に関しては低賃金層と高賃金層の賃金上昇と、中賃金層の賃金下落が同時に起こったため、女性の賃金分布の下半分の格差は縮小、上半分の格差は拡大という現象も観察される。

最後に、FFL分解を使った分析によると、ほとんど全ての労働者の一般的人的資本蓄積に対する評価は下がり、高賃金層男性労働者の企業特殊人的資本に対する評価は上がった。これは、日本の雇用システムの特徴ともいえる、一般労働者レベルの従業員の経営参加や改善運動が弱体化していることを示唆している。さらに、この結果は、日本企業が、もはや全労働者に人的投資をする余力がないために、年齢にかかわらず少数精鋭の労働者に重点投資を行っていることを示している。

図表1:男女別賃金率の推移
図表1:男女別賃金率の推移
注:賃金率は、ボーナス、残業代を含む総賃金を残業時間も含む全労働時間で除した値である。10PCT、50PCT、90PCTはそれぞれ、第1十分位、第5十分位(中央値)、第9十分位の賃金率を示す。